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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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廃トンネルの朗読劇

トンネルに近づくと、空気が明らかに変わった。

湿気を含んだ冷気が、まるで地面からじわじわと這い上がってくるようだ。


「これが……“気配”ってやつ?」


黒川が首をすくめながら、足元を確認して一歩ずつ前へ。


椎名はライトをかざしながら、どこかワクワクした顔でカメラを構えていた。


「いやー……来た甲斐あった。完璧に“出る”場所だこれ。空気が違う。黒川くん、肩とか重くなってない?」


「ちょっとだけ……」


「そりゃそうだ。車に手形がついた時点でおかしい」


因幡はいつのまにか手袋をはめ、真剣な目で奥を見据えている。

彼の目が鋭くなると、黒川の胸の奥にも自然と緊張が走った。


トンネルの中は、昼間とは思えないほど暗く、湿った土と古いコンクリートの匂いが立ち込めていた。


「音……しないな。虫の声も、風の音も」


「こういう時が一番まずいって、聞いたことある」


黒川が呟いた、その直後──


「うわっ!な、何か、肩……今、掴まれた!誰もいないのに!」


黒川の背後、誰もいない空間で空気が揺れた。

そのとき、ライトの光が壁に反射して、ひとりでに“浮かぶ女の顔”が見えた。


「──来たな」


因幡が静かに呟くと、空気が一気に変わった。


---


暗がりの奥、朽ちた壁際に、崩れた顔をした女の霊がじっと立っていた。

肌が青白く、髪は濡れたように張り付き、目は黒川を真っ直ぐ見据えている。


「うわ、マジでいる……てか、こっち見てるし……!」


黒川の肩にまた、空気の“重さ”がのしかかる。


「動くな。来るぞ」


因幡が一歩、廃トンネルの中央に進み出ると──おもむろに手帳を取り出した。


「……さて、本日の朗読はこちら。タイトルは『真夜中、雪解けの吐息に抱かれて』。初出は某同人誌、いまや絶版だ」


黒川「……いや、それ使うんかい!」


因幡は一切のツッコミを無視し、深く一度息を吸ってから、低く艶のある声で語り始めた。


> 「──指先が、かじかむほど冷たいのに。

あなたが触れると、どうしてこんなに熱くなるの?」


静寂を揺らす声が、トンネルの空気に染み込むように響く。


> 「吐息が、耳たぶをかすめるたびに、胸がきゅうっと締めつけられて。

逃げ出したいのに……逃げられない。

だって今だけは……

この夜だけは、あなたのものになっても、いいと思ったから──」


黒川「ねえねえ、これ本当に必要ある?成仏と関係ある?!」


> 「唇が重なった瞬間、まるで凍っていた心が、

一気に溶かされていくみたいで……

もっと……もっと、奥まで、声を聞かせて──」


トンネルの壁が、かすかに軋む。霊の気配がざわめき出す。


> 「あなたの声が喉を這うたびに、

身体の奥が甘く、熱く、ほどけていく。

どうして……こんなにも、苦しいのに、愛しくて、泣きたくなるの?」


黒川「もう完全にジャンル違うんですけど!?ていうか霊も反応し始めてるのなんで!?」


因幡は朗読をやめない。


> 「この罪も、この痛みも、全部あなたに包まれて、ひとつになれたなら──

もう、怖くない……って、思えたの」


霊が呻き、黒い靄が実体化しかける。今にも暴れ出しそうな空気。


黒川「はいはいはい、そろそろ限界、トドメいきまーす!!」


すかさず黒川が飛び出し、軽く結界を張った上で一撃を放つ。


「成・仏ッッ!!」


光が弾け、地縛霊は静かに、名残惜しげに消えていった。



椎名は腕を組みながら、にっこりと笑った。


「いや〜、やっぱこのスタイル最高だわ……!黒川くんもノリいいし、ほんと名コンビ。ていうか、それって“読経”の代わりってことでいいの?」


「誰が官能小説で供養すんだよ!!」


黒川が全力のツッコミをするが、因幡は涼しい顔で手帳をしまいながら答えた。


「“声”には力がある。物語にもな。……たまたま俺のはちょっと、方向性が違うだけで」


「“たまたま”の範囲じゃないんだよ!」

しかし黒川の言葉は因幡には届いていないようだった。


「これ、マジで新作の核になるって。黒川くんの力、マジでありがと」


「……はあ。これって、ほんとにネタになるんです?」


「なるなる。今度のトークイベント、これで一本いける」


因幡はあきれ顔で、「調子に乗るなよ」と椎名を軽く小突いた。


「まあ……使えるなら使え。どうせ、お前はまたネタに困ったら来るんだろ」


「バレてたか。じゃ、次も期待してるよ、助手くん」


そう言って椎名は車に乗り、きなこを助手席に乗せて去っていった。


黒川が隣でぽつりと呟く。


「……なんか、全部使われた感じですね、俺」


「まあ……でも、おかげで俺の朗読も褒められたしな。悪くない」


因幡が照れくさそうに笑い、黒川はちょっとだけ救われたような顔をする。


トンネルの奥にまだ残る冷たい空気だけが、ほんの少し、今日の“余韻”を残していた。


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