怪談師と助手と廃トンネル
「──久しぶり、因幡。あいかわらずクマひどいね」
そう言ってにやりと笑ったのは、因幡の大学時代の旧友・椎名 透。
落ち着いた色味のジャケットの下に、黒のタートル。小綺麗な見た目と裏腹に、口調は少々軽く、どこか腹に一物ありげな雰囲気を漂わせている。
「まあ、生活が生活だからな。で……今日は何の用だ」
「んー、ちょっと霊感ある子、紹介してもらいたくてさ。聞いたよ、できたんでしょ? 彼氏」
因幡は舌打ちを飲み込むように息を吐いた。
「……わざわざ言うな。黒川だ。ほら、紹介する」
「はじめまして、黒川です……って、霊感ある“子”扱いされるとは思ってませんでしたが」
「へぇ、君が……。あ、透って呼んで。気軽にね」
椎名は黒川をじろじろと観察するように見つめたあと、面白そうに目を細める。
「なんか、見た目は霊感なさそうなのに……寄ってきちゃうんだ?そういう体質?」
「……よく言われますけど、だからって面白がられても」
「いや、すごいよ。ほんとにネタに困ってたところだったし! ちょっと付き合ってよ、取材」
「取材?」
椎名は嬉しそうにスマホを取り出して、地図を表示する。
「この辺りの廃トンネルで変な噂が立っててさ。現地の“空気”がほしくて。君の体質、最高じゃん」
「……いや、最高って……」
黒川が目を泳がせるのを見て、因幡が割って入る。
「勝手に決めんなよ。黒川は俺の助手だ。趣味で振り回すな」
「じゃあ、因幡も来ればいいじゃん。ね?」
「……最初からそのつもりだったくせに」
因幡は深いため息をついて、結局は付き合うことに。
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椎名の愛車の後部座席。
黒川と因幡が並んで座ると、助手席からトイプードルの「きなこ」がちょこんと振り返ってきた。
「きなこも取材同行?っていうか、君だけ明らかに場違いな可愛さ……」
「でしょ? ペットが癒しってやつ。DIYもするけど、最近はこいつと過ごす時間が一番楽しい」
「お前の趣味、なんか振れ幅でかくないか……」と因幡。
そんなやり取りをよそに、山道を抜けて車が人気のない林道に入る頃。
──バンッ!
「……ちょっ!? 今、何か叩かなかった!?」
黒川が身をのけぞる。
「なに今の!? タイヤじゃないよね!?」
「いや、叩かれたの、車体……ドアの外側。手形、ついてるぞ」
因幡がクールに指差すと、窓ガラスの外に、うっすら浮かぶ湿った手の跡。
「マジか……! ほんとに寄ってきてるじゃん……!黒川くん、君、最高!」
「ほ、褒められてる気がしない……!」
「そのうち、きなこにも霊が寄りついたらどうしよう……」
「やめろ」因幡と黒川が同時に突っ込んだ。
「でも、もったいないなー。こんな素材、因幡の助手だけなんてさ。君、怪談師向きだよ?」
「……」
黒川は困った顔で笑いながら、「いえ、それはちょっと」と言いかけるが──
「おい椎名、調子乗るな。こいつは俺の助手で……俺のだ」
「へえ、言うようになったじゃん。妬いちゃうな」
からかい混じりにウィンクする椎名に、因幡は一瞬ムッとした表情を見せながらも、それ以上は返さなかった。
黒川の頬がわずかに赤くなるのを、椎名だけがにやにやと見逃さなかった。




