絆創膏と微熱
因幡歩人は、右手の人差し指をじっと見つめていた。
原稿用紙の端で切ってしまったところから細く赤い線が浮かんでいる。
「……いてっ」
「もう、なにやってんですか先生。こうゆうのはちゃんと手当てしないと」
黒川才斗がすかさず近づき、因幡の手を取った。
その瞳は、さっきまでの“くちゅくちゅ音の黒歴史”で曇っていたとは思えないくらい真剣だった。
「消毒あります?あと絆創膏」
「いや、いいよこのくらい」
「ダメです。感染したら執筆に差し支えるでしょうが」
そう言って黒川はバッグからコンパクトな救急ポーチを取り出し、器用に消毒液を開けた。
冷たい液体が染みた瞬間、因幡はわずかに眉を寄せる。
「っ……」
「痛いなら、黙っててください。集中が削がれます」
「はは……冷たいな」
「“お前が言うな”って感じですけどね。俺の尊厳、数分前に先生が壊したんですから」
ぶつぶつ文句を言いながらも、黒川の手付きは丁寧だった。
傷口の確認、消毒、絆創膏の貼付け。すべてが無駄なく、落ち着いている。
「——よし。完了。何か言うことは?」
「ありがと。……黒川、手当てうまいな」
「そりゃもう。小学生の頃から霊に蹴飛ばされたり押されたり、怪我なんて日常茶飯事でしたから」
軽く肩をすくめて笑った黒川の表情に、因幡の視線がわずかに留まる。
(……なんだ。こういう顔も、するんだな)
不意に、胸が静かにざわめいた。
「……なにニヤニヤしてんですか」
「いや。お前、もしかして今、俺より“大人”なんじゃないかと思って」
「えっ、なにそれ急に!?見下してます!?また見下してますよね!? “かわいい黒川”とか思ってますよね!?」
「……正直、ちょっと思った」
「ちっくしょおおおおお!!!」
顔を真っ赤にして吠える黒川。
だがその次の瞬間、彼の目がキラリと光った。
「いいです。俺、次の除霊、完璧にやって見返してやりますからね!むしろ次は俺が主役ですからね!?」
「へぇ。楽しみにしてるよ、“くちゅくちゅ担当”」
「違う役で頼むうううう!!」
因幡は声をあげて笑った。
黒川は悔しそうに唇をかんだが、ほんのりとその頬には赤みが差していた。
——そしてその様子に、因幡の胸がまた、少しだけ波立ったのだった。




