節分ロマンスと追いかけ鬼
──二月初旬、高守家の奥座敷。
畳に囲まれた静かな空間に、焙じ茶の香りがふわりと立ちこめる。屏風の向こうからはまだ雪の名残を感じさせる風音。そんな風情の中で、高守柚瑠は胡坐をかいて正面に座す三人を見渡した。
「……そろそろ“追鬼”の季節だな」
そう告げる柚瑠の目が、静かに細められる。
肩には白い護符がひらりと貼られ、目元の端にうっすら疲労の色が見えた。
「追鬼?」
黒川才斗が眉をひそめる。薄い湯呑を持つ手がぴたりと止まった。
「節分のアレとは違うんですか?」
そう問いかけたのは律。彼は柚瑠のすぐ隣に正座しており、心なしか表情に緊張を浮かべている。
「違う。“豆まき”なんて可愛いもんじゃないぞ、あれは。“追鬼”は本物だ。冬の終わりに現れて、人の心の闇に取り憑く、厄災の精みたいなもんさ」
「へえ……」因幡歩人は口元に笑みを浮かべたまま、手元の和菓子を一口つまんでいる。「つまり、人間の内側に入り込む鬼、か。ずいぶん艶っぽい話だ」
「いや艶っぽくはないですからね!?」
黒川が即座に突っ込む。「また変な妄想してません? ……ていうか、なんで俺までここに呼ばれてんですか。聞いてないんですけど」
「聞かせる前に連れてきたからな」
因幡は悪びれずに肩をすくめた。「お前の体質、ちょうどいいって柚瑠が」
「“ちょうどいい”って何!?」
「霊を引き寄せやすいってことですよ、黒川くん」
律がやんわりとフォローする。「だから、今回の“追鬼”に備えて、ちゃんと注意してもらおうって……」
「注意って、俺、何もしないですよ!? 先生、お願いですから、節分くらい普通に豆食って終わらせましょうよ!」
柚瑠は肩を揺らして笑った。
「心配しすぎだって。ちゃんと僕らが見てるさ。……ただ、念のため、夜は一人でいない方がいいぞ」
それを聞いた黒川は目を細め、疑いの目で因幡を見る。
「先生……泊まりに来いとか言い出しませんよね?」
「え?泊まりに来てくれるのか、黒川?」
「……だからそういう話じゃなくてッ!!」
――そして、その翌日。
静まり返ったアパートの一室。
電気もつけずに帰宅した黒川は、どこか冷えた空気に違和感を覚えつつ、上着を脱いだ。
「……なんか、変だな……?」
急に肩が重くなり、耳鳴りがする。
思わず壁に手をついた瞬間、背後に、確かに“何か”の気配があった。
「っ……!」
気づいた時には遅かった。
黒川才斗は、そのまま意識を失い、床へと崩れ落ちた。
スマートフォンの画面には、着信履歴。
「因幡先生(6件)」と、未読のメッセージが並んでいた。
──節分の夜。
“追鬼”は、静かに目を覚まし、誰にも気づかれぬまま、黒川の中に潜んでいた。




