涙ごと抱きしめて
湯あがりの律が、ふわふわのタオルで髪を拭きながら脱衣所から出てくる。頬にはほんのり赤みが差していて、まだ湯気が肌に残るような火照りを帯びていた。
「ふー……さっぱりしました。雪かきのあとだと、余計気持ちいいですね」
「……おい」
「はい?」
律が顔を上げると、廊下の手前、浴室の扉を閉めたばかりの柚瑠がじっと自分を見ていた。髪の先から水滴が落ちているのも気にせず、そのままの視線で近づいてくる。
「……な、なんですか?」
「律、今……すげぇ可愛い」
そのまま、ふわりと肩にかけていたバスタオルの上から、柚瑠の手が伸びてくる。優しく頬に触れた指先に、律の鼓動が跳ねる。
「え、あの……柚瑠、さ──」
言葉を最後まで言わせないまま、柚瑠はそっと律を襖の内側へ導き、敷かれたままの座布団にゆっくりと押し倒した。無理にじゃない、力強くもない。ただ、その手は一瞬一瞬、律の反応を確かめながら慎重に、愛しげに動いていた。
「律……ずっと、こうしたかった」
湿った前髪を指でよけながら、柚瑠が目を伏せる。
「お前のこういう顔、俺しか知らなくていい。そう思ったら、止まんねぇよ……」
その唇が触れそうになったとき、律の肩が小さく震えた。
──ぽろっ。
柚瑠の胸に、ひとしずくの涙が落ちる。
「……え?」
柚瑠が動きを止める。律は、目を伏せたまま、ぽろぽろと静かに涙をこぼしていた。
「り、律……っ、いや、痛かった?嫌だった?ごめん、僕──」
「ちがっ……違います……!」
律がかぶりを振る。けれど言葉にならず、涙ばかりが溢れて止まらない。
柚瑠は混乱しながらも、慌てて律を抱き起こす。タオルがずれかけた肩をそっと直してやりながら、目の高さを合わせる。
「……なあ、律。ほんとに、どうした?」
「……嬉しかったんです。柚瑠さんが、優しくしてくれて、あったかくて、ずっとそばにいてくれて……。信じられないくらい、幸せで」
嗚咽まじりの律の声に、柚瑠の手が止まる。
「……俺、こんなふうに、大事にされるの、初めてで……。……ああ、でも、こんなことで泣くとか……変ですよね、俺……っ」
「──変じゃねえよ」
柚瑠は、そっと律の頬に手を添えて、涙を指先でぬぐった。
「僕こそ……そんなふうに思ってもらえて、泣きそうだわ」
ふたりの間に、しんとした温度が生まれる。けれど、それは寒さじゃなかった。柔らかくて、ぬくもりがあって、まるで小さな春の種が、胸の奥で芽吹いたような感覚。
柚瑠は律をもう一度、ふんわりと抱きしめた。押し倒すような激しさではなく、包み込むような抱擁で。
「……なあ、律。今日みたいな日がずっと続いていくって、信じていい?」
「はい。……俺も、信じてますから」
肩を預けた律の声は、かすかに震えていたけれど、たしかに強く、柚瑠の胸に届いた。
外では、雪がまだ静かに降っていた。
けれどふたりの間に降るのは、もう、涙ではなかった。




