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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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赤と青の紙と、白いお雑煮

元旦の空気は澄んでいて、冷たい風の中にどこか清浄な気配があった。


律がマフラーの端をきゅっと握りながら柚瑠と並んで公園の入り口に着くと、すでに先に来ていた因幡と黒川がベンチに腰かけていた。因幡はホットコーヒーの缶を手に持ち、黒川はいつものようにふてぶてしい態度でベンチに寝そべっている。


「新年、あけましておめでとうございます」


律がややかしこまった口調で挨拶すると、因幡がふっと微笑んだ。


「おめでとう。律、今年もよろしくな」


黒川が面倒くさそうに体を起こして、目を細める。「っていうか、なんで正月から霊媒依頼なんだよ……こっちはおせちすら食べてねぇっつの」


「文句言うくらいなら、来なきゃよかったのに」柚瑠が軽く笑いながら言うと、黒川は鼻を鳴らした。


「おうおう、あんたの正月が呪われてたらどうすんだ。こっちは依頼があるから来てんだよ」


軽口を交わしながらも、四人の雰囲気はどこか穏やかだった。


それもそのはず。全員、年末年始をそれぞれ特別な思いで過ごし、そしてこの霊媒チームとして迎える新しい年だった。


「じゃあ、そろそろ……やるか」黒川が立ち上がり、公園の端にある古びた公衆トイレへと向かう。


「今日はここに出るって噂の霊だよね」因幡がメモを確認する。「“赤い紙が欲しい?青い紙が欲しい?”って問いかけてくるって……その手の話、昔からあるよね」


「それの現代版だって話。何人か、実際に“声を聞いた”っていう報告があるみたいで」律が頷く。


「んじゃ、俺が突入すっか。お前らはそのへんで構えとけ」


黒川はあっさりと男子トイレの個室に入り、ドアを閉めた。


---


個室内。


沈黙がしばらく続いた。


やがて、ほんのわずかな風のような声が聞こえてきた。


『……赤い紙が欲しい?青い紙が欲しい?』


ぞわっと空気が揺れる。外で待機していた律が息を呑む。


「きた……!」


個室の中で、黒川が眉をひそめた。


「じゃあ、“黄色”で」


一拍。


『…………は?き、黄色ぉ……!?ま、待て、それは反則だろぉおおおおっ!』


トイレの壁が震え、照明がばちばちと明滅する。


『想定外……そんな選択肢、聞いてないっ!』


空間が歪み、黒川の足元から黒い影がにじみ出す。


『ならばお前がその色の意味を証明してみせろ!』


次の瞬間、黒川の体が跳ね飛ばされそうになった。彼は踏ん張り、叫ぶ。


「今ですっ!!」


その声に、公園に待機していた因幡が立ち上がる。


「了解。じゃあ……“闇の中で交わる吐息、その熱を君の名に変えて……”」


因幡の朗読が官能的な響きを持って夜気を震わせると、空間の歪みが一瞬ひるむ。


柚瑠はその隙を逃さず、術式を起動。


「霊媒体、第四式――封穢結陣(ふうえけつじん)、起動」


空中に浮かび上がる光の紋が、トイレの出入り口を包囲するように展開された。


律はすぐに駆け寄り、トイレの個室の前で声をかける。


「黒川さん、大丈夫ですか!?」


「うっせ、なんとかなってるっつーの!」


不安定だった霊の体が光の中で暴れまわるが、柚瑠の結界と因幡の言霊に縛られ、徐々に輪郭を失っていく。


『……黄色……そんな、まぶしい色……どうして……選んだ……のか……』


「“どれでもない”って選択肢があった方が……生きやすい世の中になると思って」黒川が苦笑混じりに呟く。


その言葉を最後に、霊の気配はすっと消えた。


夜の公園に、静けさが戻ってきた。


---


「えっと、皆さん、お疲れさまでしたっ!」


ほっとした空気が戻った公園に、律の明るい声が響く。手には、何やら小さな袋が握られていた。


「これ……甘酒味の飴なんですけど、新年のご挨拶代わりにどうぞ!」


そう言って、律は遠慮もなくひょいひょいと柚瑠・因幡・黒川に飴を配る。


「甘酒味?」

黒川が目を丸くする。


「ノンアルですから安心してください。風味だけです」


「なるほど、それは安心だわ……って、わざわざ用意してたんか、律くん」


「はい、ちょっと“和”っぽいものを持ち歩きたくて」


そう言って微笑む律に、柚瑠が横から少し小さめの声でぽつり。


「……そういうとこ、律は気が利くよな」


「え、なにか言いました?」


「別に。なんでもない」


顔を逸らす柚瑠の耳がうっすら赤いのに、黒川がふっと吹き出した。


「なぁ、因幡先生」


「ん?」


「こういうの見てると、うちら意外と“まともなカップル”なんだなって思えてくるよな」


「確かにね。安心した」


「なんだよその“おまえらは野生”みたいな言い方……!」


律が笑いながら場を収めて、飴を舐め始める。


「……あの、もしよかったら、このあと、うち……じゃなくて、柚瑠さんの家で、お雑煮食べていきませんか?」


唐突な提案に、黒川が「へっ」と目を見開いた。


「えっ、マジで?いいの?」


「うん。材料はあるし、まだお腹も空いてる頃だろうし……」


横にいた柚瑠が、少し口を尖らせながらもぽつりと言葉を添える。


「……どうせ律が言い出すと思ったし、最初から想定してた。……材料も、四人分買っといた」


「お前、最初から優しいな!?ていうかツンデレかよ……」


「うるさい。食べさせるならちゃんと準備するだけだ」


律が慌てて笑いながら、ふたりのやりとりをなだめる。


「じゃ、決まりってことで!帰ったらさっそく作りますね!」


---


柚瑠の屋敷に戻った四人。広々とした和風のキッチンで、律がせっせと雑煮を作りはじめる。


「すご……なんか、お雑煮っていうか料亭の空気感あるな」


黒川がキョロキョロと見回しながら、手を拭いて席に着く。


「律、台所もう使って大丈夫か?」


「はい、あともう少しでできそうです」


柚瑠はというと、黙って隣に立ち、律の横で黙々と器の準備をしていた。手際は良い。けれど、時折ちらりと律を見ては、その髪の黄色い後頭部に目を細めるのだった。


やがて、出汁のいい香りが立ち込める。


「お待たせしました、できましたよ」


お椀をそれぞれの前に配り、律が笑う。


具は鶏肉と人参、三つ葉に大根、柚子皮がほんのりと乗っている。優しい色合いと香りが、胃をそっと温める。


「……いただきます」


「いただきます」


「いっただっきまーす!」


三者三様の声が重なる中、因幡はひと匙すくって口に運んだ。


「……うん、美味い。律、料理上手なんだな」


「ありがとうございます、年末に練習したんですよ」


「ねえ、ねえ律くん、もし俺が今日ここで死にかけたあとだったら、これ食って泣いてたかも」


「泣かないでくださいっ」


黒川の茶化すようなセリフに、みんなが笑い合う。


柚瑠は、黙って一口食べ、そっと呟いた。


「……やっぱ、律が作るのがいちばん美味い」


「え、なに?」


「別に、なんでもない」


律はまた笑って、「ありがとう」と返した。


やわらかな雑煮の湯気の向こう。四人の穏やかな正月の午後が、ゆっくりと過ぎていった。



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