君と迎える、最初の光
晴れやかな元旦の朝。
柚瑠の屋敷のキッチンには、湯気と律の小さなため息が立ち込めていた。
「……黒豆、こんなに甘くてよかったっけ……いや、でもこんなもんか……っ」
律は真剣な顔で味見をしながら、煮物と格闘していた。
昆布巻き、伊達巻き、田作り――見よう見まねの手作りおせちが、少しずつ形になっていく。
「おせちって、こんなに時間かかるもんだったんだ……柚瑠さん、好き嫌いとかあったかな……」
気遣いの混ざった独り言が、キッチンにこぼれる。
その頃リビングでは、コタツにすっぽり入った柚瑠が、猫のように丸くなってテレビを見ていた。
律が台所で奮闘している音を聞きながら、ただ、微笑む。
(律が作ってくれたんなら、たぶん、焦げてても好きだと思う)
のんびりとそんなことを考えながら、柚瑠はずっと台所の方を気にしていた。
やがて、律が「できました!」と両手でお重を抱えてリビングへと現れる。
黒豆は少し煮詰めすぎていて、昆布巻きは形が不揃い。
でも、どれも律の手で丁寧に作られたのが伝わる。
「なんか……すごい不安なんですけど」
「大丈夫。律が作ったなら、きっと全部好き」
一口食べた柚瑠は、本当に嬉しそうに笑った。
味について何も触れず、ただ「ありがとう」とだけ言った柚瑠に、律の顔も自然と緩んでいく。
食後、こたつに並んで座り、ゆるく過ぎていくお正月の時間。
律が手を伸ばしてテレビのチャンネルを変えようとしたとき、ふと柚瑠がその腕を引いて、こたつの中でそっとくっついてきた。
「……えっ」
「寒いから、くっついてる」
「いや、でも、これ……っ」
動揺する律の耳が、みるみるうちに真っ赤になっていく。
肩が触れるだけで、鼓動がうるさい。
柚瑠の顔はすぐ近くにあって、その瞳に見つめられると、何も言えなくなってしまう。
「……律って、すぐ赤くなるよな。可愛い」
「な……!そ、そんなこと言わないでください……っ!」
「じゃあ、言うのはやめるけど……見てるだけなら、いいだろ?」
「~~っ、もう無理……!」
照れてうずくまる律を、こたつの中でそっと抱き寄せる柚瑠。
その体温と香りに包まれて、律はますます身動きが取れなくなるのだった。
穏やかで、あたたかくて、ちょっとだけ緊張感のある元旦。
ふたりの一年が、そんな風に始まった。
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1月1日・夜 神社参道
夜の神社は、参拝客のざわめきと焚き火のぬくもりに包まれていた。
明かりに照らされた参道を、羽織り姿の二人がゆっくりと歩いていく。
「うぅ……歩きにくい……。着崩れしてない……よね?」
律が不安そうに自分の着物の裾を見下ろす。
深い藍色の着物に、からし色の帯。
さらさらと揺れる黄色い髪に、緑色の瞳がふわりとした和装に映えて、不思議なくらい絵になっていた。
「大丈夫、ちゃんと着れてる。……てか、似合ってるよ、律」
そう言った柚瑠は、いつも通りの落ち着いた声で、けれどどこか得意げに笑った。
自分はというと、薄水色の髪をきっちりまとめ、こげ茶の瞳に映る律を見つめながら、白地に淡い灰桜の模様が入った着物に羽織を重ねている。
「お前が着物とか、超レア。あれだけいつもパーカー着てるくせに」
「だ、だって、慣れてないし……でも、柚瑠さんが和服にしたいって言うから、合わせたんです……」
「そういうとこ、ほんと律って感じの律だな」
「なにそれっ」
からかうように笑う柚瑠に、律は頬を膨らませたが、その表情は少し誇らしげでもあった。
参道を抜け、境内へとたどり着いたふたりは、列に並んで参拝を待つ。
手水舎で手を清めながら、律がぽつりと呟く。
「……あの、うちの親にはちゃんと伝えました。“今年の年末年始は柚瑠さんの家で過ごす”って」
「俺も言った。律と一緒って言ったら、“あの子か、なら安心だね”って」
「……それ、こっちのセリフなんですけど」
「でもさ、考えてみたら……小さい頃、病院で一緒に年越したこともあったよな。律が点滴つけたまま、除夜の鐘聞いてさ」
「……やめてくださいよ、恥ずかしい……!」
顔を真っ赤にしながら、律が少しだけ柚瑠に寄り添う。
やがて順番が来て、二人は並んでお賽銭を入れ、ぴたりと手を合わせた。
(――律が、今年も笑って過ごせますように)
(――柚瑠さんが、元気でいてくれますように)
願ったことは口にしない。でも、ふたりの祈りはきっと同じだった。
参拝を終えたあと、境内で振る舞われていた甘酒をもらって、ほっとひと息。
「……ねえ、柚瑠さん。あけましておめでとう、って……まだ言ってなかったかも」
「そういや、言ってないな。じゃあ――」
カップを軽く合わせて、寒空の下でふたりは言葉を交わす。
「あけましておめでとう。今年もよろしくな、律」
「うん、あけましておめでとう。今年も……よろしくお願いします」
湯気の向こうで微笑む茶色い瞳に、律は少しだけ背筋を伸ばした。
ぎこちなくも、しっかりと。
初春の冷たい空気の中で、ふたりの絆はまた少し、強くなっていくのだった。




