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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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壊せない関係

そして、鏡の向こうにうっすら映る“何か”の気配に、四人の表情が引き締まる。


どこからか微かな女性のすすり泣く声が響いた。


「……誰も……愛してくれないの……」


律がぴたりと動きを止める。瞳が、ゆっくりとガラス窓の外へと向いた。


「……そうだね……いっそ……全部終わらせた方が……」


「律!」


柚瑠が声を張るが、律はふらふらと窓辺へと歩を進めていく。指が窓の鍵にかかり、カチリと音がした。


「律、やめろッ!!」


一瞬の判断で柚瑠が駆け寄り、律の手をぐっと引き戻した。律ははっと我に返る。目にうっすら涙を滲ませながら、柚瑠の胸元にしがみつく。


「ごめんなさい……俺……なんか……変で……っ」


「いいんだ。大丈夫だよ。お前は何も悪くない」


その背後、因幡が小さく咳払いした。


「霊の影響だろうな。どうやらここにいるのは、“不倫の果てに破局した女”のようだ」


因幡が指を鳴らす。室内に一気に重苦しい空気が充満した。鏡の中から、長い黒髪の女の影がにじむように現れた。


「愛される資格なんてなかった……だから……幸せそうな人間は、みんな……壊してやるのよッ!」


「……ふざけんなよ」


黒川が前に出る。顔をしかめながら、拳をぎゅっと握った。


「俺たちは壊れねぇ。こんなもんで壊れるくらいなら、最初から一緒になんてなんねぇんだよ」


「その通りだ」


因幡が静かに頷き、慣れた手つきでコートの内ポケットから一冊の文庫本を取り出した。表紙は擦り切れ、付箋が無数に挟まっている。


「では、今回もこの方法でいこう。官能朗読による除霊――俺の十八番だ」


「またそれかよ……っ!マジで効くのがおかしいんだよな……!」


黒川が呆れ混じりに頭をかきながらも、さっと構えを取る。鏡の向こうで、不気味な女の霊が形をなし始めていた。


> 「“静かな夜、彼の指が、ゆっくりと彼の肌をなぞる。触れた先から熱が滲んで……”」


因幡の声が低く艶やかに響き渡る。読むたびに、空間がうっすらと揺らめいた。まるでその言葉が、霊そのものの存在を炙り出していくようだった。


「や……やめて……!そんな言葉で、私を……!」


霊が叫ぶ。が、それすらも因幡は動じない。朗読の速度をわずかに上げながら、さらに濃厚な一節を口にした。


> 「“腰を引く彼に、囁きかける――逃がさない。お前が望んだのは、これだろう?”」


「黒川、いまだ」


「ったく……はいはい、了解ッ!!」


黒川が床を蹴り、一直線に鏡へと突っ込む。拳に込めた気合がびりびりと伝わってくる。


「こちとら助手なんだよ!変態朗読の後始末が俺の仕事ッ!!」


怒鳴りつつも、正確に霊の気配が集まる鏡の中心を殴り抜く。


パァンッ――!


鋭い破裂音とともに、鏡が蜘蛛の巣のようにひび割れ、女の霊が絶叫を上げる。


「愛されたかっただけなのにッ……!」


「知るかッ!!こちとら毎回これに付き合ってんだよ!」


黒川の第二撃が鏡を砕ききると、霊はまるで溶けるようにかき消えていった。残されたのは、静寂だけ。


因幡は最後の一文を読了し、静かに本を閉じた。


「……除霊完了、っと」


「これで何体目でしたっけ、官能朗読で成仏させたやつ……?」


「43体目だ。君の拳によるサポートがなければ、もう少し苦戦したかもしれないな」


「いや、俺がいなかったら途中で通報されてると思いますけど!?」


息を切らしながら文句を言う黒川の横で、因幡は満足げに微笑んだ。


「それでも、君がいるから成り立つ。最強のコンビというやつだよ、我々は」


「……っ、またサラッとそういうこと言うし……」


頬を赤くしながら、黒川は鼻を鳴らした。


「ま、いいですけど。俺がいなきゃ先生、一人で朗読してるだけの人ですもんね」


「褒め言葉と受け取っておこう」


そんな二人の背後で、柚瑠と律が唖然とした表情でやりとりを見ていた。


「……あれで除霊成立してるのが、一番怖いよね」


「はい……なんか、いろんな意味で……」


柚瑠は律の背をさすりながら、ふっと息を吐いた。


「それにしても、ほんとにもう……油断も隙もないな」


「……柚瑠さん……助けてくれて、ありがとうございます……」


律は顔を赤くしながらも、まっすぐに柚瑠を見上げた。


「俺……絶対、柚瑠さんと離れたくないです……」


「……うん。僕も、お前を手放す気はないから」


二人が見つめ合う横で、因幡が再び口を開く。


「黒川」


「……なんすか、先生」


「君も、離れたくないか?」


「……な、なに真顔で言ってんすか……!」


黒川が顔を真っ赤にして目をそらす。その頬を見て、因幡は満足げに目を細めた。


――幸せな人間たちの絆を、破ることはできなかった。



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