兄の声、父の罪
静まり返った家。工場跡地から戻ったばかりの才斗は、埃っぽい衣服のまま、父と向かい合っていた。
「……終わったよ、あの場所。やっぱり、実験に使われた人たちの“残り”だった」
才斗の言葉に、父・黒川慶一はゆっくりと頷く。白髪が交じる髪、無表情に見えるが、その眼鏡の奥にある瞳には、深い迷いが浮かんでいた。
「ありがとう、才斗。……いや、才斗……お前には話しておかねばならないことがある」
父はゆっくりと立ち上がり、書棚の引き出しから古びたファイルを取り出す。紙が擦れる音が、妙に生々しい。
「“霊感体質”という言葉で済ませていたが……お前のそれは、“症例”だ。双子のうち……兄を亡くしたことによる、片方の魂の影響――霊界残留による擬似的リンク状態が、お前を“霊的扉”にしていた」
才斗の顔が、ゆっくりと強張る。だが、父の声は続いた。
「……私はかつて、研究所の一員として、その特殊例を“観察”していた。才斗、お前の兄の“魂”の動向を追い続けるために。お前自身を……“媒体”としてな」
一瞬、空気が凍りつく。
「けれど……それが、どうしても耐えられなかった。息子を――息子たちを、“サンプル”にし続けることが」
父は目を伏せ、震える手でファイルを閉じる。
「研究所を離れた理由は、それだ。……それでも、私は父親として……逃げていたのかもしれない」
才斗は、ゆっくりと立ち上がる。そして、静かに、ぽつりと呟いた。
「……最後に、聞いたんだ。兄の声」
父が驚いたように顔を上げる。
「消える瞬間だった。あのとき、兄が……こう言った」
『ずっと、そばにいたよ。怖かったけど……もう、大丈夫だね』
「……ずっと、俺の中にいたんだ。扉だったんじゃない。欠けたんじゃない。兄との“絆”だったんだよ、ずっと」
その言葉に、父は耐えきれず、膝をつき、肩を震わせて涙を流す。
「……ごめん。……才斗……ずっと……お前に……こんなにも辛いものを背負わせて……!俺は……父親なのに……!」
才斗はただ、そっとその肩に手を置いた。長い沈黙。だが、それは冷たくない時間だった。
やがて、慶一は立ち上がり、因幡に向き直る。
「因幡先生。あなたには……何もかも見透かされていたような気がします。だから、お願いがあります」
その眼差しは、今度こそ“父”のものだった。
「……才斗を、頼みます。私にはできなかった……息子を、正しく支えてやってください」
因幡は、肩をすくめたあと、苦笑まじりに頷く。
「……任せてください。彼には、もったいないくらいの素質がある。俺がそれをちゃんと“生かす”場所に、導きます」
才斗は少し照れくさそうに目を逸らしたが、その瞳には、もう迷いはなかった。
部屋の窓の外、夜が明け始めていた。




