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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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旧研究所に眠るもの

夜・旧研究所跡地


人気のない山道を抜け、静まり返った林の中――

その奥に、錆びついたフェンスと、崩れかけた平屋のコンクリート建屋があった。外壁には「研究資材保管庫」とかすれたプレート。月明かりだけが、静かに二人の足元を照らしている。


「……本当にこんなとこに来るのかよ、バカみてぇだな」


「怖いのか?」


因幡の柔らかな声に、黒川はぷいとそっぽを向く。


「怖くねぇよ。別に……ただ、空気が妙に重いだけで」


「霊にとって馴染みやすい場所なんだろう。――ここが、君の父親がかつて勤めてた“最初の研究所”だ」


「……聞いてきたんですか、親父に」


「口が滑ったから、逃さず聞いた。黒川の話をしたら、ほんの少し目を伏せてね」


黒川は「チッ」と舌を鳴らして、フェンスの鍵を工具で強引に開けた。


「……ったく。父親ってのは、いつだって隠しごとばっかだ。昔も今も」


建物の中は埃と黴の匂いに満ち、打ち捨てられた資料棚やホワイトボードが辛うじて原型を保っていた。


「けど、ここで何が……あったっていうんだよ」


黒川がぼそりと呟いたその瞬間――

建物の奥、封鎖された部屋の前で“何か”がざわついた。


ぞわっ――と肌を撫でる冷気。天井の蛍光灯が、チカッと瞬く。


「……来るぞ」


因幡の声に、黒川が身構える。


そして、見えた。


歪んだ影が幾つも揺れ、そこに“ひとつだけ、はっきりとした形”――白い服を着た、少年の霊が立っていた。


「……あ」


黒川の身体が、無意識に硬直する。


「おい……ちょ、待って……」


少年の霊は、確かに黒川に似ていた。


「やっぱり……」


因幡が小さく呟いた。


「黒川、その子が――」


「言うな、先生……言わなくていい」


黒川が、震える声で遮った。

それでも、足をふらつかせながら、少年の霊に近づいていく。


「……なんで、こんなとこにいるんだよ。兄貴……」


霊は微笑んで、黙って黒川を見ていた。


黒川の拳が、強く震える。


「……ずっと、なんとなく感じてた。誰かが側にいるって。だけど、まさかこんなカタチで……」


因幡は黒川に寄り添うように、静かに立っていた。


「……ここの研究は、霊的波長の記録と分析だったそうだ。君の父親は医者に戻った今でも、きっとずっとこのことを悔いてる。何かを、“取り返せなかった”んじゃないかと思う」


「先生、何でも知った風に言わないでくださいよ」


「……悪かった」


黒川は口を噤み、それでも少年の霊に顔を向けたまま続けた。


「……兄貴、お前……俺を守ってくれてたのか?」


その瞬間、少年の霊が頷く。

霊の周囲に漂っていた他の影が、徐々に霧のように薄れていく。


因幡が、そっと一歩前に出た。


「この子の魂が、君の“半身”としてここに留まり続けた。その扉が、ようやく閉じる準備を始めてる」


「……だったら、せめて俺の手で送りたい。誰にも見られず、ここで。俺の兄貴なんだから……俺がやる」


黒川が手を前に差し出した。照れくさそうに、眉をしかめながら。


「……ありがとな。いてくれて。……もう大丈夫だ」


霊の少年は、にこりと微笑み――その姿を、光の粒となって夜の中へと消していった。


長い静寂。


因幡が黒川の肩に手を置いた。


「……黒川」


「……先生、俺……ちゃんと、見送れましたかね」


「君は十分すぎるくらい立派だった。……今夜の君は、誰よりも強かったよ」


「……それ、からかってません?」


「冗談半分、本音半分。俺はいつだってそうだ」


黒川はふっと鼻で笑って、やがて小さく呟いた。


「……先生が隣でよかった。じゃなきゃ、多分俺……泣いてた」


「泣いていいんだよ、黒川。そういう夜も、あっていい」


夜風が、ふたりの間をやわらかく通り抜けた。



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