父の告白
夕食が終わり、母は台所で片付けを始め、才斗は風呂に入ると言って席を外した。因幡は父に勧められて、茶の間に残ることになった。
照明は少し暗く、テーブルには湯気の立つお茶が二人分。
「……さっきは驚かせてしまってすまなかったね」
「い、いえ。まさかバレているとは……」
「官能小説でも、立派な仕事だ。むしろ、そこまで書ける表現力があるということだろう。人の心を描くのは簡単じゃない」
因幡は少し目を見張った。父親というのはもっと堅物かと思っていた。
「ありがとうございます……」
「才斗から、君が“例の射殺事件”を通報したと聞いた」
因幡は一瞬だけ表情を曇らせた。
「……はい。あのとき、偶然近くにいて……」
「……あの場所、実は昔、私が勤務していた研究所の関連施設なんだ」
「え……?」
父は湯飲みに口をつけてから、静かに語り出した。
「私は今、町医者をしているが……昔は政府の外郭研究機関にいて、医療と神経科学の融合技術を研究していた」
「神経……ですか?」
「霊的干渉、というと突飛に聞こえるかもしれないが……“人間の意識と未練”を定量化できないかという実験だった」
「……まさか、その研究が“例のデータ”と?」
父は頷いた。
「“意識の残渣”――死後の脳に残る微弱な神経信号。要するに、“成仏していない魂”の科学的観測と再現だ」
「……!」
「その研究が倫理問題に発展しかけて、私は手を引いた。けれど……あのデータは、まだ残っていたらしい」
父の目がわずかに悲しげに揺れる。
「おそらく……犯人たちはその“霊魂のパターン情報”を、兵器技術や記憶転写のベースとして売ろうとしていたんだろうな」
因幡は言葉を失っていた。そのとき、父が少し声を低くした。
「……才斗の“兄”の件、知っているか?」
「……え?」
「彼は幼少期に双子の兄を亡くしている。その後、才斗は“妙な霊感”を持つようになった」
因幡はゆっくりと頷いた。黒川の“異質さ”は彼自身の苦しみにもなっていた。
「もし……兄の魂が、未練によってその“霊的波長の記録”に干渉されたとしたら」
「まさか……兄さんの魂が、“データの中”に?」
父は静かに言った。
「ありえないことではない。黒川の“霊感”の強さ……あれは単なる才能ではない。“引き寄せている”んだよ。霊の側が、彼を“通路”のようにして――」
そこで、風呂上がりの黒川が部屋に入ってきた。
「ん?なに話してたんだ?」
父は一瞬だけ因幡と目を合わせ、微笑んだ。
「いや……昔話だよ。思い出話さ」
「……ふーん。因幡先生、父さんに変なこと吹き込まれてない?」
「そ、そんなことないって……」
そう言いながらも、因幡の中には確かな予感が芽生えていた。
黒川の兄、霊の通路、そしてあの“機密データ”。
この家に、まだ語られていない過去がある。
そしてきっと――その先に、黒川をずっと見守ってきた“存在”がいる。
(……俺は、黒川を守りたい)
因幡は静かに、湯飲みに手を添えた。




