黒川家の夜はにぎやかに
週末。黒川と因幡は、電車に揺られて黒川の実家へ向かっていた。
「……本当に俺なんか連れてってよかったの?黒川のご両親に会うなんて、ちょっと緊張するな」
「大丈夫。……ただ、先生の職業については“適当にぼかして”くれよな?」
「……え?」
「だって“官能小説家です”ってそのまま言ったら、絶対うちの母さん気絶する。父さんも気まずくて死ぬ」
「……たしかに。でも、“作家”ってだけじゃ話の流れでバレるかも……」
「そんときは俺がなんとかするからっ」
因幡は笑いながら頷きつつ、心のどこかで(嫌われたらどうしよう……)とほんの少し不安を抱えていた。
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黒川家に到着すると、母が満面の笑みで迎えてくれた。
「まあまあ、噂の彼ね!? 本当に来てくれるなんて! あなたが因幡さんね!」
「は、はじめまして。因幡歩人と申します。才斗くんにはいつもお世話になっております」
「礼儀正しいのねえ~! あなたはどんなお仕事されてるの?」
(来た……!)
因幡が口ごもった瞬間、黒川がサッと横から口を挟んだ。
「作家だよ、母さん。小説家。ジャンルは……あー……人間ドラマ系?」
因幡「(え、人間ドラマ系!?)」
母「まあ~すてき!最近の小説って映像化されたりするし、有名になったらサイン本ちょうだいね!」
因幡「ええ、あはは……もちろん」
父もそっと会話に加わってきた。
「人間ドラマ……たとえばどんな話を書かれるんです?」
因幡「え、えーと……男女の……心理描写にフォーカスしたり、内面の葛藤とか……」
黒川「そうそう!ほら、先生の描く人間関係って“ねっとりしてる”って評判だし!」
(おい、フォローが火に油じゃねえか!)
因幡の心の声もむなしく、母は感心しきりでうんうんと頷いていた。
「まあ、文学って奥が深いのねえ……でも“ねっとり”って、なんかこう……熱量があるってことよね?」
「ま、まあ、そう……です……」
赤面してうつむく因幡。その隣で黒川は思い切り顔を背けて笑いを堪えていた。
その後、夕食を囲んで和やかな空気になった頃、父がふと意味ありげに訊いた。
「官能じゃないのか?」
「ブッ!!」
味噌汁を盛大に吹き出す黒川。因幡は一瞬時が止まったように固まった。
「……そ、その……なぜそう思われたんです?」
「昔、うちの診療所で官能小説好きな職員がいたもんでな。君の名前、どこかで見たことあると思って」
黒川「先生、終わったな……」
因幡「……終わった、かもですね」
母「……でも! 愛があるならいいのよ!!」
黒川&因幡「えっ」
母は笑顔で言った。
「ジャンルなんて関係ないわ。ちゃんと才斗を想ってくれてるなら、何を書いてても大歓迎よ!」
因幡は目を丸くし、黒川は思わず頭をかいて笑った。
「……ま、うちの家族、そういうとこ変に柔軟なんだよ」
「……うん、なんか……ちょっと安心した」




