秘密とコーヒー
翌朝。
朝の光が障子の隙間から差し込む頃、こたつのある居間にはすでに柚瑠が湯気の立つコーヒーをテーブルに並べていた。
「ふたりとも、よく寝られたか?」
「……あ、はい。ありがとうございます、柚瑠さん」
律は一瞬だけ黒川の方を見かけて、すぐに目を逸らす。頬がじんわり赤くなっているのがわかる。
そしてその黒川はというと、湯呑みを持つ手を無駄に忙しそうに動かしながら、律にだけは決して顔を向けようとしなかった。
「別に、いつも通りですよ。寝起き悪いだけだっての……」
そう言いつつも、ぼそぼそ呟く声は明らかにどこか落ち着かない。
律と視線が合いそうになるたびに、黒川は目線を泳がせ、口元を引き結んでうつむく。
耳の先がうっすら赤い。
「……先生。昨日のこと、絶対、忘れさせてくださいね。マジで」
「ん?何のこと?」
因幡はそう言ってにやりと笑い、黒川の隣で優雅にコーヒーをすする。
恥ずかしさで床に沈みたい黒川の横で、彼はと言えば―――まったく微動だにせず。
「ほんと……マジで、どの神経してんですか。……俺の立場、考えてくださいよ……」
「考えたよ。……“可愛かった”って意味で」
「……っ、やっぱり先生、反省してないだろ……!」
黒川は顔をそむけながら、テーブルの上に突っ伏す。その髪越しに、ちらりと視線が律へ向きかけて――やはりすぐに逸らされた。
その律もまた、コップを持ったまま落ち着かず、コーヒーに口をつけてはすぐ戻すを繰り返している。
(……思い出しちゃだめなのに……)
あの、ふたりのキス。布団の上、重なっていた影。
律の頭の中には、昨夜の衝撃映像がフルカラーで再生され続けていた。
視界の端に黒川が入るたびに、顔がかっと熱くなる。
因幡の落ち着いた様子には、むしろ恐れすら感じてしまう。
そんな三人の微妙な空気に全く気づかないまま、柚瑠はトーストを焼きながら、マグカップを律の前に置いた。
「はい、ミルク多め。律、顔赤いぞ? 風邪か?」
「っ……ち、違います!なんでもないです……!」
「ふーん?……まぁ、そういうとこも律らしいけどな」
にやりと笑って柚瑠が肩をすくめる。
何気ない言葉が、律の心にさらに火をつける。
(……なんでみんな、普通なんですか!?)
内心で叫びながら、律はマグカップを両手でぎゅっと握った。
その向かいでは、黒川がいまだにうつむいたまま、コーヒーを飲むふりをして湯気の奥に隠れていた。
因幡だけが、まるで昨夜の出来事などなかったかのように、落ち着いた朝を楽しんでいた。
---
朝食が終わり、柚瑠が洗い物をしている間――
黒川はそわそわと落ち着かない様子で、こたつの向かいに座っていた律に向き直る。
そして、不器用に口を開いた。
「……昨日の夜、変なもん見せて、悪かった」
「……っ、あ、いえ、そんな……!」
律は箸を置きかけて、思わず姿勢を正す。
黒川は目を逸らしたまま、やや早口で続けた。
「……先生と、俺。付き合ってる。ちゃんと、そういう関係」
「……!」
律の目が驚きで大きく見開かれる。
その後ろから、絶妙なタイミングで柚瑠が現れた。
「え、マジで?黒川と因幡、そういう仲だったのか」
「……今さら!?」
律がびっくりして振り返ると、柚瑠は首をかしげて、あっけらかんとした表情。
「うん?仲良いなとは思ってたけど……まさか、そういう意味でとはなー」
「……柚瑠さん、呑気すぎです……」
律が呆れたように言うと、柚瑠は「えー、そうか?」と悪びれもなく笑う。
「俺、めちゃくちゃ驚いたのに……」
「律は真面目すぎるんだって。可愛いとこでもあるけどな」
「~~っ、もうっ!」
赤面しながら顔を伏せる律の横で、黒川は小さく肩をすくめた。
「……ま、そういうわけだから。変な空気になったら悪いと思って、言っときたかっただけ。これからもよろしく」
タメ口ながらも、不器用に誠意を込めた黒川の一言に、律は一瞬ぽかんとし、それからやわらかく微笑んだ。
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします。びっくりしたけど……嬉しかったです」
黒川が少しだけ目を丸くして、それからぶっきらぼうにそっぽを向く。
「……ったく、からかってんのかよ」
「からかってませんって……!」
わずかに顔を赤くして言い返す律と、それに照れながらもまんざらでもなさそうな黒川――
そんなふたりを見ていた柚瑠は、ニコニコしながらマグカップをすすった。
「なんか、いい空気じゃん。青春って感じでさ」
冬の朝。陽の差すこたつの中で、四人の空気は、ますますあたたかくなっていた。




