生還と告白
冷凍庫の中で交わしたキスの余韻が、因幡と黒川の身体をそっと温めていた。
でも現実は残酷だ。室温は零度近くまで下がり、体力も限界が近い。
「……さすがにヤバいな……意識、ちょっと飛びそう……」
黒川が唇を震わせながらつぶやく。
「……大丈夫。もう、すぐ来る……はず……」
因幡の声にもかすかに震えが混じっていた。
けれど、祈るように握りしめたスマホの緊急信号は――確かに、誰かに届いていた。
やがて遠くから、扉の外でガチャガチャと金属のぶつかる音が聞こえてくる。
「聞こえるか……!救急隊だ、今開ける!」
「っ……助けに、来た……!」
「ほら、もう少し……がんばれ」
ギィィ……バタンッ!
重い冷凍庫のドアが開き、眩しいライトとともに駆け込んできた救急隊員たちに、ふたりは毛布で包まれ、担架に乗せられた。
「意識はある!低体温症寸前ですが、呼吸・脈拍とも安定してます!」
「よし、すぐ搬送!」
ぼんやりと天井のライトを見つめながら、因幡は横目で黒川を見る。
黒川も同じように、うっすらと笑っていた。
「なあ……生きてる、よな」
「……ああ。生きてる」
毛布の下、そっと手と手が触れ合った。
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数日後――
病院での簡易的な治療と安静のあと、ふたりは元通りの生活に戻った。
事件は因幡の証言と冷凍庫内にあった犯人の荷物から決定的な証拠が見つかり、かつての殺人事件との関連も明らかにされた。
怨霊が男に執拗に取り憑いていたのは、まさに“告発のため”だったのだ。
「……成仏できたんだな、あの霊も」
因幡がぽつりと呟く。
「そうですね。ようやく、止まってた時間が動き出したって感じでした」
ふたりは事件現場近くの公園のベンチに座っていた。
冷たい風が吹くたび、因幡は黒川のマフラーをそっと直してやる。
「……なあ、因幡先生」
「ん?」
「前に言ってましたよね。“言葉にしなきゃ、何も残らない”って……」
「……ああ」
黒川はポケットから小さなキャンディを取り出して、因幡に手渡す。
その包み紙には、黒いペンで小さく書かれていた。
《好きです。ずっとそばにいてください》
因幡はそれを見つめ、ふっと笑った。
「こんな可愛い告白、もらったの初めてかもしれない」
「先生が照れてるとこ、珍しいな」
「照れてねぇよ。……ただ、ちょっと、嬉しかっただけだ」
そう言って、因幡はそのキャンディを口に放り込み、立ち上がる。
「……じゃあ、そろそろ帰るか。暖かいもんでも食いに行こう」
「はい。あったかいシチュー、食べたいです」
「よし、じゃあ今日は俺の奢りで」
並んで歩き出すふたりの肩が、自然と寄り添った。
冷たい風の中でも、もう寂しくはない。
ふたりの心には、確かに温もりが灯っていた。




