凍える密室と止まない想い
冷たい秋風が夜の街を吹き抜ける。
ハロウィンが終わり、街は次第にクリスマスの装飾へと姿を変え始めていた。
因幡と黒川は、帰り道の繁華街で“異常に重たい気配”を感じ取る。
「……この感じ。並じゃないな」
「はい。たぶん、ずっと誰かを“憎み続けてる”……。そんな感じがします」
ふたりが目を向けた先。
スーツ姿の中年男が人混みの中を無表情で歩いている――その背後には、怨霊がひとつ、ぴったりと取り憑いていた。
「追うぞ」
「了解。だけど目立たないように」
男は大通りを抜け、人気の少ない裏通りへと足を進める。
その途中、ふと足を止め、背後をちらりと振り返った。
――目が、合った。
(しまった……!気付かれた)
次の瞬間、男は逃げ出す。
因幡と黒川も即座に追跡を開始した。
「待てっ!」
「逃げ足、早い……っ」
やがてたどり着いたのは、薄暗い倉庫街の一角。
雑居ビルの裏口から男が中へと滑り込む。
「中、入ったぞ。気をつけろ、罠かもしれない」
因幡の言葉に黒川は頷き、ふたりは警戒しながら建物の中へ足を踏み入れる。
冷蔵設備が備えられた古い業務用の倉庫内は、ひんやりとした空気が支配していた。
奥の方で物音がした――
「この奥か――!」
ドアを開けた瞬間、背後から何かが滑り込む音がした。
バタンッ!
重たい扉が閉まり、錠が下ろされる音。
そしてふたりは――業務用の大型冷凍庫に閉じ込められてしまったのだった。
「っ……! しまった、罠か!」
因幡がすぐにドアを叩くが、外からはまったく反応がない。
「鍵、外側から閉められてる……これ、マズいな」
黒川の声がわずかに震えていた。
庫内の温度は急激に下がっていく。
数分もすれば、吐息が白く染まり、指先はかじかんで思うように動かなくなった。
「因幡先生……スマホ、電波……!」
「……緊急通報だけ、ギリギリ通るかも……っ」
因幡はかじかむ指でスマホを操作し、緊急通報を送る。
しかし、このまま数十分も経てば――身体の芯から冷えて、意識が奪われるだろう。
(こんなところで……終わるのか、俺たち)
黒川は因幡の側に座り込み、少しでも体温を分け合おうと肩を寄せた。
「……なあ、先生」
「ん……」
「もしかして、これが最後だったらって……考えてる?」
「……ああ。たぶん、お前も、そうだろ」
ふたりの間に、静かに時間が流れる。
そして――因幡が、ゆっくりと口を開いた。
「前にさ。恋人橋の話、覚えてるか?」
「……はい。“愛してる”って言葉を待ってた霊の話ですよね」
「そう。……あの時、思ったんだ。ちゃんと伝えなきゃって。言葉にしなきゃ、何も残らないんだって」
因幡は視線を黒川に向けた。
その瞳は、いつになく真剣で、どこか切なげだった。
「俺、お前の気持ち、気付かないふりをしてた。……ずっと。それが怖かったんだ。誰かを大切にするのが、怖かった」
黒川は何も言わない。ただ、視線を逸らさずに聞いていた。
「でも――今、こうして“終わるかもしれない”って時に思ったんだ。お前がいてくれて、ずっとそばにいてくれて……俺、救われてたんだって」
因幡は静かに黒川を引き寄せた。
「だから――俺も、お前のことが好きだ」
その言葉と同時に、因幡は黒川を抱きしめ、そのまま唇を重ねた。
冷たい空気の中、ふたりの体温だけが確かに混じり合う。
死の恐怖すら薄れていくほど、心の奥がじんわりと熱くなっていった。
黒川の瞳が、うっすらと潤む。
(ずっと……ずっと、この言葉を……)
時間が止まったような一瞬のあと、ふたりは額を寄せ合い、小さく微笑んだ。




