冷めない体温
廃ビルを後にし、夜風の中を帰路につく四人。
タクシーを二手に分けて乗ることになり、因幡と黒川、柚瑠と律がそれぞれ別方向へ向かう。
◆因幡×黒川
「……はぁ、やっと脱げた」
黒川が安堵の息を漏らしながら、シャツの第一ボタンを緩める。
いつもの地味な黒シャツに着替えたというのに、なぜか因幡は――少しだけ名残惜しいような気持ちで、それを眺めていた。
「……さっきの格好、案外似合ってたな」
「……急に何ですか。あんなの、もう二度とゴメンだっての」
「本当に?」
小さく笑って、因幡は夜の車窓に視線を向けた。
「……ま、強要はしないけど。もしまた機会があれば……見てみたい、かもな」
黒川が一瞬、目を丸くする。
そのあと、照れ隠しのように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……先生、からかってます?」
「いや、わりと本気」
そのまま笑いもせずに言われて、黒川の鼓動がまた早まった。
(なんなんだよ、もう……)
すでに因幡に対する想いは、自分でもはっきり自覚している。
なのにこうして距離を詰められると、嬉しいくせに、胸が騒いで仕方なかった。
そして因幡自身も――自分がどこまで「気付かないふり」を続けられるのか、少しずつ怪しくなっているのを感じていた。
(似合いすぎてて……一瞬、見惚れてた。そんなもん、気付かれたらアウトだよな)
夜のタクシーは静かに走る。
ふたりの距離は近くて、でも心の奥で何かがじんわりとほどけていくような、そんな夜だった。
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◆柚瑠×律
律はベージュのワンピースを脱ぎ、いつものパーカーに着替えていたが、頬の赤みはまだ引いていなかった。
「なんか……柚瑠さん、じっと見てた気がするんですけど」
「……見てた」
はっきりと言われて、律がむぅっと唇を尖らせる。
「えっ、そんな堂々と……!?」
「だって、ほんとに可愛かったから」
柚瑠は、あくまで真面目な表情で答えた。
「最初は“守ってやらなきゃ”って思ってたけど……途中から、“うかつに見惚れて狙われそう”って、こっちが警戒する側になってた」
「そ、それ……褒めてます? 怖がってます?」
「どっちも。本能が混乱するくらい可愛いってこと」
さらっと言われて、律は完全に顔を真っ赤にしてうつむいた。
「……そんなこと言われたら……また着ちゃうかも……」
「……次があるなら、ちゃんと撮らせて。保存用に心の支えにするから」
「~~~っ!やっぱり冗談ですっ!」
けれど――律の内心では、ほんの少し、
“柚瑠のためなら、また着てみたいかも”という気持ちが芽生えていた。
一方の柚瑠もまた、
“あんな律をもう一度見たい”という気持ちが、胸の奥でしつこく灯っていた。
(困ったな……。普段の律と、あの姿の律、どっちも好きすぎて、選べない)
夜風は静かで、けれどふたりの胸の内は、まだ少し熱を持っていた。




