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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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38/83

囮は、可憐に

「……で、今回の依頼なんですけど」


高守家に集められた因幡と黒川。

珍しく、作業机の上にきっちりとファイルを並べた律が、で真剣な目をして言った。

黒川と因幡、そしてソファでスマホをいじっていた柚瑠が顔を上げる。


「現場は、駅前の廃ビル群にある元キャバクラ跡です。オーナーが放置したままなんですが、最近になって地元の建築業者が取り壊しに入ったところ、工事関係者が次々に体調不良や不審な事故に遭って作業が中断。どうやら、そこに“女を探し続けている霊”が残っているみたいで……」


「女を……?」

因幡が首をかしげた。


「はい。おそらく生前、女性に執着していた人物が亡くなって、そのまま霊になったのではと。生前の記録では、ホストのような生活を送っていた男性が、店のVIPルームで突然死したそうです。その後も、“口説かれる”“背後に声をかけられる”“ナンパされる”といった苦情が絶えず……」


「……要するに、女にしか興味のない最低系クズ霊ってことか」

柚瑠が鼻で笑う。

「こういうの、厄介なんだよな……。女しか見えない、女しか聞こえない、ってやつ。正攻法で結界張ってもまるで効かないパターンだ」


「だからこそ、俺……いや、私……が考えた作戦があります」


律は小さな紙袋をテーブルに置いた。


「用意してみました。変装道具を」


「……へん、そう?」

黒川が紙袋を覗き込んで、硬直した。


「そうです。こういう霊は、“好みの女性”に誘い出されることで自ら姿を現すことがあるので……えっと、まぁ……その……俺が……女装して、囮になります」


「……は?」


「無理するなよ、律」

柚瑠が少し顔をしかめる。

「誰がそんなことを――」


「……ただ、1人じゃちょっと心細いというか……正直言って、1人だけが女装するの、めちゃくちゃ恥ずかしいので……黒川さんも一緒にお願いします!」


「なんでだよおおお!?俺関係ないだろ!?」


「黒川さん、お願いします!恥ずかしさを半分こにしたいんです!」


「“半分こ”って……おまえ……!ああもう、わかった、やるよ! やればいいんだろ!」


---

当日:廃ビル前


夜の冷気が微かにビルの隙間から抜けてくる。ライトのほとんど切れた古びたキャバクラ跡前に、“妙に色っぽい女性”が二人佇んでいた。


ひとりは、ふわりとした茶系のウィッグに、上品なベージュのワンピースを着た律。

その可憐さは、街角で声をかけられても不思議ではないくらい自然で、そして……柚瑠の目を釘付けにした。


(なんだ、あれ……。いつもの律じゃないのに、律以外に見えない。なのに、異様に綺麗……)


柚瑠は喉が鳴るのを無理やりごまかし、そっぽを向いた。


「柚瑠さん……変じゃないですか?」


「いや……似合ってる。……びっくりしただけだ」


「……!」


その返答だけで律の頬が赤く染まっていくのを、柚瑠は直視できなかった。


一方その頃。


隣に立つ黒川は、ロングの黒髪ウィッグと厚めのパーカー、プリーツスカートという格好。化粧は簡単に整えられているだけだが、すらりとした骨格に不思議な華があり――


「……黒川、それ、似合いすぎでしょ……」


因幡が、ぽつりと口を滑らせた。


「は?なに?」


「いや、なんでもない。気にするな」


(まずいな……ちょっと可愛いと思った。いや、ちょっとじゃねえ。普通に見惚れた)


「おい、因幡。なにガン見してんだよ」


「……ガン見してない。ただ、目が止まっただけだ」


「それガン見って言うんだよ!!」


黒川のツッコミに、因幡は素知らぬふりで肩をすくめてみせたが、耳が微かに赤いのを誰よりも黒川が気付いていた。


---


廃ビルの中は、静寂と埃に包まれていた。かつてキャバクラだった面影は、すでにくすんだ壁と割れた鏡にしか残っていない。


それでも、奥のソファ席に立ち込める微かな香水の残り香のようなものが、霊の存在を感じさせた。


「黒川さん、俺たちは……奥のバーカウンターのあたりで動きを待ちましょう。目立つ位置ですし、見つけてもらいやすいと思います」


「お、おう……」


場に似合わぬ女装のまま、黒川は赤面しつつも所定の位置に立った。

それを律も追うように隣に並び、ふたりは手持ちのグラス(演出用)を持ち上げて、まるで客を待つホステスのように微笑んでみせる。


……直後、ビルの奥から、冷たい気配が滲み出てきた。


「……来たね」

柚瑠が呟き、結界の起動を準備する。

その横で、因幡がゆっくりとマイクのように片手を口元に寄せた。


「女の姿にしか興味がないんだろ?だったら……俺たちの“演技”で、釣り上げてやる」


照明が壊れた店内に、低く、甘い声が響く。


> 「……ようこそ、お疲れさま。

そんな顔して……疲れてるんでしょ?

優しくしてあげるよ。今夜だけは、ね」



黒川のすぐ背後、耳元に、因幡の声が囁くように注がれる。

その一音一音が肌をかすめ、鳥肌が立つようなゾクリとした感覚に黒川は反応してしまう。


「っ……な、なんだよ、いきなり近くて……!」


「声が届かないと困るから、ってだけだよ」

涼しい顔の因幡。だが、その視線は、いつもよりずっと真剣だった。


その隣で、柚瑠も同じように、律の背後から手を重ねて結界を展開していた。


「……柚瑠さん?」


「僕の手の動き、真似して。……霊が来たら、少しでも動けるようにしておきたい」


「……はい」


律の小さな手に、柚瑠の温もりが重なる。息がかかるほど近い距離。

それだけで律の頬は熱くなっていたが――柚瑠もまた、律の白い首筋を見てドキリとしていた。


(なんだ……? ただの“演出”なのに。……妙に、目を逸らせない……)


だが、その“妙な視線”が引き寄せたのか。


店内の奥、ソファの陰に“それ”は現れた。


酒に酔ったように歪んだ男の顔。

乱れた前髪の下から覗く、ぎょろりとした目が、女装した律と黒川をまっすぐ見据えていた。


「――あー、カワイイコ……来たネェ……一緒ニ、呑モウヨ……」


ぼそぼそと崩れた声が空気を削るように響き、ゆらり、と霊の姿が浮かび上がった。


「今だ、因幡!」


「了解。――さぁ、こっちにおいで。

君だけに、たっぷり甘く囁いてあげる」


因幡の声が、まるで媚薬のように場の空気を変えた。

黒川の背中に、霊の気配がぐっと近付いてくる。


(くそっ、これ……意外とマジで怖え……!)


と、その時。

柚瑠が結界に力を込めた。


「……いま!」


律の手に添えられた柚瑠の指先から、淡い光が走る。

霊の動きが一瞬止まり、因幡の声が刃のように突き刺さった。


> 「……未練は捨てな。

もう、女の子たちは、君を待ってない。

――さようなら」



霊の姿が崩れ、ビルの空気がすっと静まった。


「……完了、っと」


黒川がスカートの裾を整え、ほっと肩を落とす。

律もようやく結界の力を抜いて、大きく息を吐いた。


「……お疲れさまでした」


「ふたりとも、よく耐えたな」

柚瑠が律に近付いて声をかける。


その瞬間、律の顔が再び赤くなる。


「柚瑠さん、あの……さっき、ドキッと……しました?」


「っ……」

柚瑠は言葉に詰まり、数秒だけ口を閉じる。


「……似合いすぎてて困った、ってだけだ。たぶん」


「……えへへ」


照れ笑いを浮かべる律の瞳を見て、柚瑠はまたドキッとさせられていた。

今夜、柚瑠は知る――“かわいい”という言葉は、律のためにあるのかもしれない、ということを。



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