紅葉夜行
「わあ……すっごい、人」
ライトアップされた城跡公園は、まさに秋の見頃。燃えるような赤や黄の紅葉が夜のとばりに照らされ、どこか現実離れした空間をつくっていた。
境内跡に沿って続く石畳の小道には、出店の屋台と観光客がずらりと並んでいる。
「おい黒川、あれ! 焼きだんご! 食っていこうぜ!」
「……因幡先生。除霊前なので、まず状況確認を優先していただけると……」
「なーに言ってんだよ、どうせ対象は深夜にしか出ないって言ってたじゃん? ちょっとくらい楽しんでもバチ当たんねーよ。な?」
「たしかに、報告では深夜帯限定の霊出没。今のうちに腹ごしらえしておくのも、合理的判断ですね」
横から律が口を挟んでくる。
「というわけで、律。僕はあれ食いたい。たい焼き」
「……はいはい、結局食べたいだけですね」
そしてその数分後――。
「うめぇぇ……あっ、因幡、次たこ焼きいこうぜ」
「いや、俺は唐揚げ。いや、串焼きも捨てがたいな……」
「ちょっと、君たち本当に仕事のつもりで来てる?」
「ああ? 腹が減ってはなんとやら、ってやつだろ。な、柚瑠」
「まったくだ。食わずして霊と向き合うとか正気の沙汰じゃない」
「「どっちが大食いか決着つけてやるよ!!!」」
ふたりの大人たちが、火花を散らしてコロッケと焼きそばに挑む横で、助手ふたりはほぼ無表情だった。
「……このふたり、似てますね」
「……ほんと、それな。胃袋だけでなくてテンションの上がり方も一緒だよ」
黒川と律はそれぞれのパートナーに紙ナプキンを差し出しながら、なんとも言えない溜め息をついた。
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食い倒れの宴が一段落し、人混みの熱が落ち着く頃――。
一同は、城跡の裏手、観光客の流れから少し外れた川沿いの小道にいた。
風の音が紅葉を揺らし、時折、すすり泣くような声が混ざる。
「ここだな。霊が出るのは」
因幡が低く呟き、文庫本を開いた。
「どうやら、城落ちの夜、愛しい人を残して命を絶った侍女の霊らしいな……その執着が、時折現世を彷徨うらしい」
「愛と未練、か。因幡、朗読に入れ」
柚瑠は小さく印を切りながら、川沿いの空気を結界で満たしていく。
「よし、いくぞ。……“白銀の指が私の喉元をなぞった瞬間、私はただ快楽に喘ぐだけの存在になっていた……”」
柚瑠と律が同時に顔をしかめる。
「またそれか……!」
「毎度のことだけど、なんで除霊で官能朗読なんだろう……」
夜気がふるえた瞬間、木の陰から、朧げな人影が姿を現す。
泣き濡れた瞳、裾のほどけた白無垢。
怨念というより、深い悲しみがその身にまとわりついていた。
「うわっ……出た」
「大丈夫、こっち来るぞ。因幡、もう一段階感情込めて!」
> 「“彼の舌先が私の耳の奥まで届いた瞬間、すべてが崩壊して……”」
呻きとともに、霊の輪郭がふるえる。
柚瑠がすかさず最後の結界を仕上げると、霊はすっと涙を残して、紅葉の風に溶けていった。
ふわりと舞った一枚の紅葉が、因幡の足元に落ちる。
「……やれやれ。やっぱこのスタイル、間違ってねぇな」
「俺には間違ってるようにしか思えないんですが……」
黒川はため息をつきながら、因幡に上着を掛けた。風が冷たくなっていた。
一方その隣では、柚瑠がふいに言った。
「なぁ律。次のイベント飯、なにがあったっけ?」
「……もう、除霊が終わって安心した瞬間にこれなんだから……」
ふたりのコンビが静かに笑い合い、帰り道へと歩き出す。
紅葉の名残と、過ぎた怨念と。
そして、少しずつ育ち始めた4人の関係だけが、秋の城跡に静かに残されていた――。




