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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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34/83

闇の底で、君に追いつく

旧神社の裏手、山道の先にある朽ちた井戸の前。

因幡歩人は肩に原稿バッグをぶら下げて立っていた。


「……封印、ゆるんでんじゃん。ったく、誰が勝手に触ったんだよ」


ため息をつきながら原稿用紙を取り出す。

除霊用の朗読原稿――内容は、自身の官能小説の一節。


「さて……やりますか」


淡々と読み上げ始める。

低く通る声が夜気に混ざり、空気がわずかに震える。


> 「ねぇ……それ以上触れたら、もう戻れないよ……」



井戸の奥、黒く粘るような影が蠢いた。

やがて、形を持つようにしてにじり出てくる。


「……来たな」


> 「いいよ……もっと、ちゃんと、見て……触れて……」



官能的な声が闇をくすぐる。

だが、霊の動きは鈍らない。むしろ――怒りに似た気配すら纏い始めていた。


(……ダメか、耳が効かないタイプか)


影が跳ねた。


因幡の首元を、鋭い腕が掠める。紙一重。


「ちっ――!」


後ろへ飛び退こうとした瞬間――


「因幡先生!!」


地響きのような足音とともに、黒川才斗が飛び込んできた。


御札を手に、霊の脇腹へ貼りつけながら、そのまま蹴り上げる。


「勝手にひとりで来るとか、どうかしてますよ、先生……!」


「黒川……!」


黒川は容赦なく殴りかかる。拳、蹴り、膝、御札。

除霊の“術”というより“力業”の連打。けれど、そこには確かに気迫がこもっていた。


「俺の担当作家に……手ぇ出してんじゃねぇぞ……!!」


最後の御札を渾身の一撃とともに叩き込むと、霊はバチバチと音を立てながら光の粒になって弾け飛んだ。


静寂。

森が、本来の夜に戻ったように見えた。


「……助かった。ありがと、黒川」


因幡が額の汗を拭いながら言うと、黒川は険しい顔でこちらを見たままだ。


「……本当に、無茶ですよ。先生に何かあったら、俺……」


「……おまえに何かある方がイヤだったんだよ、こっちは」


黒川の目がかすかに見開かれた。


だが次の瞬間、彼はふっと笑って視線を逸らす。


「……別に、先生のことが好きとか、そういうのじゃないです。俺、ただの……助手ですから」


「ああ、はいはい」


因幡はまるで気にも留めず、うんうんとうなずいた。


「助手くん、帰りはラーメンな。おごりでよろしく」


「……はぁ」


(……なんで、まったく伝わらないんですかね)


黒川は背を向けた因幡を見つめながら、ひとり、嘆息した。



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