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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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32/83

夢を喰うひと

外は秋の風が吹いていた。

街灯が揺れて、カーテンの隙間からぼんやりと部屋の中を照らしている。


因幡歩人は、黒川才斗の部屋の布団の中で目を覚ました。


隣のベッドから、かすかな唸り声が聞こえる。

最初は寝言かと思ったけど、すぐに違うってわかった。


「……やめて……もう……いないだろ……」


低く、掠れた声。黒川だった。


「黒川……?」


因幡は布団からそっと抜け出して、黒川のそばに近づいた。


彼の額には汗が滲み、顔は苦悶の表情で固まっている。

まるで、誰かに縋るように、謝るように、うなされていた。


「……悪い夢、見てるのか」


因幡は静かにタオルを取って、黒川の額に触れた。

ひんやりとした布で、優しく汗を拭ってやる。


「……平気だよ。もう大丈夫」


その声は、そっと耳元に落ちるような、小さく落ち着いたトーンだった。


「……俺がそばにいる。だから――」


つぶやいた言葉が、自分の胸にもしんと響いた。


(何もできないかもしれないけど、せめて……)


因幡はそっと黒川の手に触れた。

指先が震えていた。その震えを自分の手で包み込むように握る。


「泣いてる黒川なんか、見たくない。……俺が守ってやるよ」


少し照れくさくて、少し強がって、だけど嘘じゃなかった。


「おやすみ、黒川。怖い夢、俺がぜんぶ喰ってやるからさ」


少年の頃に読んだ昔話みたいに。

誰かを守れる呪文があるなら、こんな風に唱えていたかった。


そうしてしばらく手を握ったまま、因幡は黒川の表情が少し緩むのを、そっと見つめていた。


――秋の夜、静かに揺れる灯のような、ふたりの距離だった。


---


朝――。

カーテンの隙間から差し込む光が、ほんのり冷えた空気の中に淡く広がっていた。


黒川才斗は、目を覚ました瞬間、ぼんやりと天井を見つめていた。

昨夜の夢の内容は曖昧なまま、ただ胸の奥に重たいものが残っている。


隣の布団には、因幡歩人がいた。

因幡はすでに起きていて、コーヒーを淹れながら、こちらを振り向く。


「……おはよ、黒川」


少し気まずそうな、けれど優しい声。

黒川は小さく「おはようございます」と返した。


それ以上、言葉は続かなかった。


因幡は夜中のことに触れようとはしなかった。

黒川もまた、夢の内容を思い出すのが怖くて、言葉にしなかった。


テーブルに並べられた簡単な朝食――トーストと卵焼き、コーヒー。

食欲はあまりなかったけれど、黒川は無言のままトーストをかじった。


因幡がふと口を開く。


「……今日は午前から編集部か?」


「はい。打ち合わせが一件、午後にひとつ取材もあるんで……」


それだけ言って、立ち上がる黒川。


因幡は少し寂しそうに、その背中を見送る。


「……無理すんなよ。変な夢とか見たなら、ちょっと休んでも――」


「……夢なんて見てません」


黒川の声は、どこか強ばっていた。


「……じゃ、行ってきます」


そう言って、黒川は玄関のドアを開けて、出ていった。

バタンと閉まる扉の音が、部屋の空気を切り裂くように響いた。


静まり返った部屋にひとり残された因幡は、ため息をついた。


「……黒川のくせに、意地っ張り」


口ではそう言ってみたものの、彼の瞳は少しだけ、痛みを含んでいた。


――きっと、あの夢には触れられたくなかったんだろう。

なら、無理には聞かない。

でも、心のどこかにずっと引っかかっているのは、因幡の方だった。


「……もっと俺が鈍かったら、楽なのにな」


独り言のようにつぶやいて、残ったコーヒーを口に運ぶ。

苦く冷めた味が、胸の中のもやを余計に濃くした気がした。


秋の朝の冷たい空気が、部屋の隅にひっそりと滞っていた。

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