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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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31/83

君が最初に守ってくれた夜

ラーメン屋からの帰り道、柚瑠の隣を歩く律の意識は、ふと過去へと引き戻されていた。


あれは、まだ自分が入院していた頃のことだ。


---


「……よろしく。僕、柚瑠って言います」


そう言って病室に入ってきたのは、自分とそう歳の変わらない少年だった。

肩を包帯で巻かれ、どこかやんちゃそうな顔に不釣り合いな松葉杖。

聞けば階段から落ちて足を捻挫したらしく、数日間だけの入院らしい。


自分――無我律は、その時すでに何ヶ月もこの病室にいた。

生まれつき心臓が弱く、長いこと入退院を繰り返していた。

体は動かせず、窓の外ばかりを眺めて過ごしていた日々。

そこに柚瑠は、唐突に現れた。


「名前は?」


「……無我、律です」


「ふーん。律くん。なんか、お坊さんの名前っぽいね」


「よく言われます……」


「僕は“高守 柚瑠”。でも高守はめんどくさいから、柚瑠でいいよ」


笑いながら、あっけらかんと話しかけてくる柚瑠に、律は最初少し戸惑った。


けれど、彼は変な子だった。

人の目をじっと見て話すし、変なところで鋭い。

だけど、それが嫌じゃなかった。


数日が過ぎる中で、ふたりはゆっくりと打ち解けていった。


ある晩のことだった。


病室の空気が妙に重苦しく感じられた。

もともと霊感が強い律は、ずっと見て見ぬふりをしてきたが、その夜は違った。


点滴台の影に、ぼんやりと黒い人影が立っていた。


「……また来た……」


息を呑む。

動けない体。呼び鈴を押す余裕もない。


その影が、ゆっくりとこちらに向かって伸びてくる。


(だめだ、逃げられない――)


その瞬間。


「おい」


柚瑠の声がした。

律の目の前に、細身の背中が割り込んできた。


「――ここから出てけ。迷ってるだけの霊なら、教えてあげる。けど、ただ人に取り憑いて泣きたいだけなら……それは、ちょっと、ムカつくな」


そう言って、柚瑠は掌に何かを描き、呪文のような言葉を唱えた。

次の瞬間、空気が揺れて、黒い影はまるで霧のように霧散した。


「……いなくなった?」


「うん。もう大丈夫。ちょっと暴れるかと思ったけど、あいつ、寂しかっただけみたい」


「……柚瑠さん、今の……」


「うち、ちょっと変な家なんだよ。霊とか、見えるし、払えるし。教えられて育ったから」


驚いて目を見開く律に、柚瑠は笑った。


「ねえ、律くん。君もさ、けっこう見えちゃう方でしょ?」


「……どうして……?」


「目が、知ってる目してた。怖いものを知ってる人の目だよ」


そう言って、柚瑠は静かに言葉を続けた。


「だったらさ。怖い時は呼んで。僕、ちゃんと守れるから」


その一言が、律の胸に深く刻まれた。


守られたことなんてなかった自分にとって、その言葉は――あまりに温かすぎた。


---


ふと現実に戻る。


「律?」


隣で、柚瑠が怪訝そうに覗き込んでくる。


「……いえ。少し、昔を思い出していただけです」


「へぇ、珍しいな。何? 思い出話?」


「……いえ、なんでもありませんよ」


苦笑しながら答えると、柚瑠は首を傾げてそれ以上聞いてこなかった。


気づいていないのだ。


あの時の「守ってくれた君」が、今も変わらず、自分にとっての“ヒーロー”であることに。


(……師匠じゃなかったら、もっと素直になれたんでしょうか)


けれど、言葉にはしない。


律はその気持ちを胸にしまったまま、静かに歩を進めた。



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