その声に、理も揺らぐ
控え室のソファで脚を組んで座る因幡歩人は、スーツの上に羽織ったロングカーディガンをゆったりとたなびかせながら、スマホで原稿チェックをしている。
その脇では黒川才斗が緊張のあまり、水のボトルを何度も手に取っては置いている。
「……先生、本当に、出るんですね、テレビ」
「出ないって言ったら、“朗読除霊師の素顔に迫る!”とか勝手に特集組まれるって言われてな?」
因幡はスマホを置いて、にやりと笑った。
「だったら堂々と顔出してやるよ。ついでに、ほら。これ見てくれ」
と、取り出したのは自著の新刊、『濡れる吐息と、終電のキス』の見本誌。
「せっかくだし宣伝もしちゃおうかなーって思って」
「……この期に及んで、ちゃっかりしてるってレベルじゃありませんよ……!」
「俺が何者かをちゃんと世に知らしめるには、これが一番手っ取り早いだろ? 霊も祓えて、エロも書ける二刀流――かっこいいじゃん?」
「むしろエロが本職なの、忘れないでください!」
スタッフが呼びに来ると、因幡は文庫本を胸ポケットにしまい、スタジオへ向かって堂々と歩いていく。
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一方そのころ 高守柚瑠の自宅・テレビ前
テレビに映る因幡の姿を、高守柚瑠はソファの上で正座しながら、信じられないものを見るように凝視していた。
> 「“朗読除霊”がネットで大注目!霊を祓う方法がまさかの……『官能小説』!? 本日は、この異端の除霊師・因幡歩人さんにスタジオでお話を伺います!」
「な、なんであんなに堂々としてるんだ……!? それにあの本……!」
カメラの前で、因幡は淡々と語る。
> 「霊ってのは、未練とか欲とか、そういうのに引っ張られてるわけで。“官能”ってのは、それを動かす感情のひとつでもある。まぁ、俺の朗読が刺さるのは、そういう理屈……だと“あとから”気づいたけどね」
> 「ちなみに最新作の『濡れる吐息と、終電のキス』、本日発売です。ぜひ書店で……」
「……宣伝までしやがった!!」
高守は膝を抱えて頭を抱えた。
「僕の方が術式の正統性では上なはずなのに……!なんで、あんな“色っぽい読み聞かせ”みたいなことで!」
そこへ律が、カップに紅茶を入れて現れる。
「柚瑠さん。実力があるからこそ焦るのは分かるけど……大丈夫。柚瑠さんの除霊は、ちゃんと“心を祓う”力がありますよ」
「律……」
「それに、因幡さんのあれ、思ったより真面目ですよ。ちゃんと意味があるからバズってる。……でも、負けたくないなら、もっと自分の“得意”を見せていきましょ?」
「……僕の得意、か」
高守はゆっくり立ち上がり、テレビの中の因幡を真っ直ぐに見つめた。
「だったら……僕だって、負けない。“正統派”の霊媒師として、僕なりの方法で戦う……!」
律はそんな高守の横顔をうっとりした表情で見つめる。
「……はい。そういう顔、素敵です、柚瑠さん」




