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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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16/21

祓いの家、揺らぐ信念

因幡が飴玉を口に入れようとしたそのとき――


「――ッ!?」


黒川が首をすくめるように震えた。


「……来てます。またさっきの悪霊と似た反応が」


カフェの裏庭に漂う空気が一変する。夕方の穏やかな空が、まるで曇天のように重く沈む。


「おいおい、またおかわりかよ……最近、ここの霊、空気読まねぇな」


因幡がぼやきながら、胸ポケットから例の文庫本を取り出す。その表紙には、今月新刊の「妖艶秘めごと夜話・第五章」のタイトルが金箔で光っている。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


高守が前に出た。


「こういう場面であなたの“朗読除霊”を続けるのは、風紀を乱します!今度こそ、正統派の術式で僕が祓ってみせます!」


「ん?やってみたいんなら、やってみな」


因幡は本を閉じて一歩引く。


「お、おい先生?譲っちゃっていいんですか……?」


黒川が心配そうに耳打ちするが、因幡は飴を噛み砕きながら言った。


「……いいじゃん、実力見せてもらおうぜ。俺は“恥ずかしくてやりたくねぇ”から助かるし」


「最低ですか」


「愛のある皮肉だろ」


そんな軽口を交わす中、高守は真剣な表情で印を組み、文様を刻んだ札を空中に浮かせた。


「霊よ、迷いを捨て、帰るべき場所へ還れ!」


――瞬間、空気が震えた。札が青白く光り、空間に圧がかかる。


「……!」


だが、その光が霊に届く直前で、霊はひらりと逃げ、煙のように裏庭の茂みに消える。


「っ……くっ、また逃げた!?」


肩を落とす高守に、律がそっと近づく。


「柚瑠さん、悪霊って霊力を読まれた瞬間に逃げる癖があるから……無理しないでくださいね?」


「……律、わかってるよ。僕だって……悔しいんだ」


その横で、因幡がもう一度文庫本を取り出す。


「じゃあ、俺の出番か」


本のページを指でなぞりながら、ポケットの中からマイク付きイヤホンを取り出して黒川に手渡す。


「お前、BGMな。音鳴らして。あと、例の“リズム吸音”もな?」


「……腕、また吸うんですか、俺……?(死んだ目)」


「効果あるんだから我慢しろ。お前、霊より雑音のほうが怖いだろ?」


黒川が渋々自分の前腕に唇を寄せて、くちゅ…くちゅ…と微妙に不快な音を立て始める。


因幡は堂々とページを開き、低音で響く声で朗読を始めた。


> 「……“ふたつの唇が重なり合った瞬間、すべての理性は溶けていった――”」


霊が茂みから顔を出す。そのまま動けなくなった。


> 「“彼の指が、背中をなぞるたび、甘く痺れる声が……”」


霊の輪郭が淡く光り始め、浄化の兆しが表れる。


高守が愕然としたように、唇を噛んだ。


「くっ、バカバカしいと思ってたけど……なんで、そんなやり方で……!」


「……不本意ながら、すごいですね。あの“音”も、想像以上に有効とは……」


律は黒川のくちゅくちゅ音を真顔で見つめながら、ポケットから新しい飴玉を取り出していた。


朗読が終わると、霊はふわりと昇華し、夜の気配に溶けて消えた。


「よし、オッケー。……あー、疲れた」


因幡はふぅと息をついて、腕を吸い続けていた黒川の頭をぽんと軽く叩いた。


「よくがんばったな、黒川」


「……はい。光栄です、先生……(腕ベタベタですけど)」


因幡と黒川の距離がぐっと近づいたのを見て、高守はそっと視線をそらす。


「……あんなの、認めたくない……でも、なんでか、悔しいのに、ちょっとだけ……羨ましい……」


その横で、律が微笑む。


「だったら、また一緒に現場へ行きましょうよ。柚瑠さんはまだ、伸びますから」


「……律、あんたってほんとに……」

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