朗読除霊、バズる。
「……おかげで助かった。黒川、ありがとな」
因幡歩人は黒川才斗の手に自分のカップを差し出し、おかわりを要求した。仕事帰りの深夜、除霊明けで帰宅する余力のない因幡は、いつの間にか黒川のアパートに泊まることが常態化していた。
「どういたしまして。ですが、手加減はしたつもりでした……」
黒川は湯を沸かしながらふと、自分の拳を見つめた。あの夜、霊を殴って祓った瞬間、因幡の顔が真剣に驚いて、そして──笑っていたのを思い出す。
「すげぇよ、お前」
その言葉が、今も脳裏に残っていた。
(……俺のこの体質を、誰かが“すごい”って言ってくれたのは、初めてだ)
昔から“気持ち悪い”とか“呪われてる”とか、言われてきた。誰にも理解されず、距離を置かれてきた。
だが今、因幡は隣にいて──温かいカップを持ちながら、普通に話してくれている。
「……先生」
「ん?」
「その……俺の霊感体質、これまでずっと疎ましいものだと思ってたんです。でも、先生が“すげぇ”って言ってくれて、少し……嬉しかったです」
「ああ? なに真面目に言ってんだ、バカ」
因幡はちょっと照れくさそうに笑い、受け取った紅茶を一口すする。
「けどまあ……お前がいてくれて、助かってるのはマジだから。ありがとな。心強い、パートナーだよ」
黒川の胸の奥がふわっと熱くなった。その言葉はあまりにも、優しく、重かった。
「……ありがとうございます。先生」
しばしの沈黙。カップの中の紅茶がふうと湯気を立てていた。
そのとき、因幡のスマホが震える。画面を見ると、見慣れない通知が立て続けに届いていた。
「……なんだこれ?」
スクロールする因幡の目が見開かれる。
『【拡散希望】交差点で謎の朗読除霊してる男、何者!?』
『謎の官能ポエム×除霊!?』
『こっち見んな!!朗読除霊師の目が本気すぎる件www』
「……おい」
「……先生?」
「……バズってる」
因幡の声が沈んだ。
「えっ?」
黒川がスマホを覗き込むと、はっきりと映った自分たちの後ろ姿。音声には因幡の朗読と、黒川が幽霊を正拳突きする衝撃音。そして──小さく入った通行人の笑い声。
「……ああああああああ!! 俺の朗読がぁあああ!!」
因幡がソファの背に突っ伏す。
「やはりあの時……通行人が撮影していたのですね……」
「こんな! 公開処刑みたいな……! いやちょっと待って、リツイート何件だよ!? え、五万!? ひぃぃぃぃ……!」
「……“イケボ朗読師と除霊使いのバディもの”って書かれてますね」
「それ完全にオレらじゃねーか!!!」
黒川は苦笑しながら、紅茶をもう一度淹れ直した。
「まあ……“誰かに知られること”が怖くなければ、これも悪くないのかもしれませんね」
「お前はポジティブかよ……いや待て、ちょっと見直したわ」
「ふふ……ありがとうございます」
「つーか、動画のこの切り抜き、俺が“ああっ、あ、やだっ……そこはらめぇ!”って朗読してるとこじゃねーか!!!」
「っ……ふ、ふふっ」
「笑うなああああああ!」
こうして二人は、少しずつ心の距離を詰めながら、“世にも奇妙な除霊コンビ”として、世間に知られ始めていくのだった──。




