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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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12/24

寝袋と布団、距離0センチの夜

その夜。

因幡歩人は、着替えと寝袋を持って黒川才斗のアパートにやってきた。


「おじゃまします。……へぇ、思ったより片付いてるんだな」


「当然です。人を迎える以上、整えておくのはマナーでしょう」


「ちゃんとしてるんだな、意外と」


「“意外”って失礼ですね……」


因幡は荷物を下ろし、畳スペースに寝袋を広げる。

その様子を見ながら黒川がぽつりと問う。


「……本当に泊まるつもりなんですね?」


「ああ。今度またお前が腹抱えてのたうち回ってもすぐ動けるし、俺も気になるからな」


「……あまり思い出させないでください」


「わりぃ。でも、また出るかもしれないしな。準備は万全にしとくに越したことない」


「……夕飯、食べてませんけど」


「やっぱりな。冷凍チャーハン持ってきたぞ。温めて出すだけ、便利だろ?」


「……用意よすぎませんか」


「こういう時は、多少やりすぎくらいがちょうどいいってさ。俺のばあちゃんの教え」


因幡はキッチンへ向かい、レンジにチャーハンをセットする。

香ばしい匂いが部屋中にふわりと広がっていく。


黒川はその背中を何気なく見つめたまま、気づけば深く息を吐いていた。


(……なんで俺、こんなに落ち着いてるんだろう)


夕食後――


黒川は布団に、因幡は寝袋にそれぞれ体を預ける。


「じゃ、今日はおやすみ」


「……霊が出たら、すぐ起きてくださいね」


「わかってるって」


灯りが消え、部屋が静かになる。


……が。


「なあ、黒川」


「なんですか」


「……布団、近すぎない?」


「そっちが寝袋をこっちに寄せたんじゃないですか?」


「は? いやいや、動いてねぇって」


「俺は動いてません!」


肩と肩が触れ合うほどの距離に、お互い身を固くする。


「……離れてください」


「そっちこそ、どけよ……」


もぞもぞと体をずらそうとした、そのとき――


「うぅぅ……さむい……お腹、いたい……」


女のうめき声が天井から聞こえた。


「うわっ、マジかよ!?また出た!?」


「っ……くそっ、枕元の“例の本”を!」


「そんなすぐ使う展開、想定してなかった……!」


因幡が電気をつけ、黒川が例の“官能朗読本”を取り出す。


「いくぞ黒川。気合い入れて読め」


「なぜ俺ばかり……『蜜壺、トロける夜に貫いて』……第一章……くちゅ、くちゅ……」


「音も再現しろ!」


「また俺が!?腕……吸いますよ!?くちゅっ……くちゅ……っ!」


すると、女の霊はふわりと光に包まれて、天井へと消えていった。


「ありがとう……ごちそうさまでした……くちゅ……」


「……もう嫌です、こんな除霊……」


力尽きて布団と寝袋に倒れ込むふたり。


「なあ、黒川」


「はい……」


「もうちょっと楽な霊、来ねえかな……」


「俺も心からそう思ってます……」


---



朝。


窓のカーテンの隙間から差し込むやわらかな朝日が、黒川才斗の頬を照らしていた。


「……ん……」


黒川はゆっくりと目を開ける。隣に視線をやると、寝袋にくるまった因幡歩人が、仰向けで大口を開けて眠っていた。


「……無防備すぎますよ、ほんとに……」


寝起きの頭でぼやきつつ、黒川は静かに立ち上がる。キッチンに行き、湯を沸かし、手際よくインスタントの味噌汁と卵かけご飯を用意する。


「ん……なんかいい匂いすんだけど……」


寝袋から這い出すようにして、因幡がむくりと起き上がる。


「おはようございます。朝ごはん、作っておきました」


「マジか、優しすぎか。……ってか、昨日の夜、いろいろやらされたのお前なのに、俺がもてなされてるの変だよな」


「僕は……お礼と、謝罪の気持ちも含めてますから。いろいろと……すみませんでした、昨夜は特に」


「はは、いいって。あれはあれで面白かったしな。まさかまた腕吸うことになるとは思ってなかったけど」


黒川が思わずぷいと視線を逸らすと、因幡が軽く笑う。


「そっか……じゃ、いただくわ」


「はい。どうぞ」


ふたりはちゃぶ台を挟んで並んで座り、湯気の立つ味噌汁をすすった。


「……ん。うまっ。これ、だし入れてる?」


「ちょっとだけ。粉末ですが……」


「やるじゃん。おふくろの味、目指せるんじゃね?」


「褒めてるのかバカにしてるのか、どっちです?」


「褒めてんだよ」


穏やかな朝食の時間――だが、ふと黒川は、昨夜の出来事を思い出してしまう。


(……あんなふうに近くにいて、寝て、起きて……一緒に朝ごはん食べて……)


なんだか、普通の“恋人同士”みたいで。


そのことに気づいてしまってから、目の前の因幡の何気ない仕草に、黒川の心臓は妙に落ち着かなくなっていた。


すると、そんな黒川の様子に気づいたのか、因幡が顔をのぞきこむ。


「……どうした? 顔赤いぞ。もしかして熱か?」


「ち、違います!なんでもないです!」


「そっか? 無理すんなよ。あ、今日はもうしばらくここにいるから、またなんかあったらすぐ言えよな」


「……はい」


(なんだこの状況……! これ、ほんとにただの“霊媒師の同行”なのか……?)


黒川の中で、除霊よりも厄介な“もうひとつの異変”が、静かに芽生え始めていた。



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