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官能霊媒師は朗読で祓う  作者: あしゅ太郎


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10/23

夜明けまで、手を離さずに

日もすっかり沈み、因幡の仕事部屋は、灯りを落として静けさに包まれていた。


黒川はキッチンで片付けを終え、因幡の様子をそっと見に戻る。


「……ちゃんと寝てるな」


布団にくるまった因幡はすっかり眠りについている。けれど――


「……っ、……やめろ……こっちにくるな……」


眉間にしわを寄せ、苦しげに寝返りを打っていた。


「……先生?」


黒川は思わず近づき、そっと肩に手を置く。


「先生、大丈夫です。……夢ですよ」


そのとき、因幡の手がぱっと宙をさまよい、黒川の手をぎゅっと掴んだ。


「っ……黒川……」


「俺、ここにいますよ。大丈夫、俺がついてますから」


驚きながらも、黒川はそのまま因幡の手をしっかりと握り返す。ふと、熱のせいか、あるいは夢にうなされているせいか、因幡の目尻から涙がにじんでいた。


「先生……」


黒川はゆっくりと膝をつき、因幡の手を包み込むように両手で包み込んだ。


「怖くないですよ。……先生は、俺が守りますから」


そう囁くと、因幡の表情が少しだけやわらいで、まるで子供のように穏やかな寝息を立てはじめた。


その寝顔を見つめる黒川の胸の奥で、何かがそっと、音を立てた。


(……この人が倒れて、こんなに不安になるなんて。俺……)


不意に、因幡の手を握った自分の指先が熱くなる。


(なに考えてんだ俺は。……ただの編集担当なのに)


でも、そのまま手を離す気にはなれなかった。



---


朝が来るまで



夜更け、黒川は因幡の手を握ったまま、座椅子にもたれて眠っていた。


微かに目を開けた因幡が、ぼんやりと黒川を見つめる。


「……なんだ、まぬけ面して寝やがって」


囁くようにそう呟くと、握られたままの手にそっと力を込めた。


「……ほんと、お前がいてくれてよかったよ」


そうしてまた、静かに目を閉じた。


部屋の中には、夜明け前のやさしい空気が漂っていた。


---


因幡の夢の断片


夜明け前、うっすらとまどろみの中にいた因幡の意識に、夢の残滓がよみがえる。


誰かの泣き声。


白い障子の向こうから差す淡い光。


小さな因幡が、冷たい床に膝をついていた。


「やめて……やめてって言ってるのに……っ」


男の怒鳴り声。鳴き声。


そして、その場に立ち尽くすだけで、何もできなかった自分。


――記憶の奥底に沈めていた、遠い日の記憶。


夢の中で、ふいに誰かが手を握ってくれた。


あたたかくて、力強い手だった。


(……黒川……)


目が覚めたとき、その手が現実に握られていたことに、因幡は気づいた。



---


翌朝


朝日が、遮光カーテンの隙間からわずかに差し込む。


黒川は、座椅子にもたれてうたた寝していた姿勢から、重いまぶたを持ち上げた。


「う、ぁ……っ、いたたたた……寝違えたかも……」


目をこすりながら、ふと因幡の方に目をやる。


「――あ」


因幡は目を覚ましていた。そして、穏やかな目をして、黒川を見ていた。


「おはよう。朝からずいぶん間抜け面だな」


「……おはようございます、先生。あの……具合は……?」


「ま、だいぶマシ。おかげで、熱は下がったみたいだ」


因幡は枕元に置かれた冷えたおかゆの器に視線を落とす。


「これ、ちゃんと食わせてくれたんだな」


「はい。……ちょっと冷めちゃってたけど、味は悪くないと思います」


「ふーん。じゃあ、次はアツアツを期待してるよ」


「なんで次がある前提なんですか……」


言いながら、黒川は寝ぼけてはねた因幡の髪にそっと手を伸ばし、指先で整えた。


「……先生、髪、ぼさぼさです。直しますよ」


「ん、ありがと」


因幡は、素直に頭を預けてくる。


いつもどこか飄々としているその人が、こうして気を許してくれることが、不思議と嬉しかった。


けれど――


「なあ黒川」


「はい?」


「昨夜……俺の手、ずっと握ってただろ」


「っ……!!」


黒川の顔がみるみる赤くなる。


「ち、ちがっ……! あれはその……っ、先生がっ、手を、掴んできたからで……!」


「ふーん?」


因幡は、ふっと微笑むと、熱が引いたとは思えないほど柔らかな視線で黒川を見つめた。


「そっか。……でも、嬉しかった。ありがとな」


「~~~っ!! もうっ! 次はちゃんと寝てください、先生!」


顔を真っ赤にしたまま、黒川はばたばたと部屋を出て行った。


因幡はその背中を見送りながら、そっと自分の指先を見つめる。


まだ、少しだけ、あのぬくもりが残っていた。

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