第九話 浜なしタルトの挑発
結局、納得のいく答えは、見つからなかった。
それでも、本選は待ってはくれない。僕たちは会場へ向かった。
会場は、華やかさと緊張が入り混じっていた。
ステージには『高校生ご当地スイーツコンテスト』と書かれた看板が掲げられている。
レシピ審査を通過した代表者たちは、それぞれの持ち場で、静かに手を動かしている。
その中の一人が、静かに準備を進める凛々子を、じっと見つめていた。
ひときわ派手なギャルメイクの少女──金髪にピンクのシャドウ、アクティブすぎるマスカラ。
──誰、この子? 凛々子の知り合い?
女の子は腰に手を当てながらツカツカと歩み寄ってくる。
「うちは、横浜精華高校スイーツ研究会の会長、香月シフォン」
その名を聞いた途端、銀平が耳元に顔を寄せてきた。
「横浜精華……優勝常連校だ。毎年とんでもないスイーツで仕掛けてくる猛者。特にあのシフォン、見た目ギャルやけど、戦い方は容赦なしって噂だ」
香月シフォンと名乗った少女は、凛々子の顔を真正面から見据え、ふっと笑った。
「そっちが“絶対味覚保持者”の凛々子さんな?
けど料理はサッパリ、ポンコツなんやって聞いてるで?」
――急に何、言いだすんだ?
「んで、こっちが……包丁さばきはまあまあでも、味覚音痴の残念くん? ポンコツと残念くんって……なに? 漫才コンビ? 超ウケるんだけど!」
不意打ちの言葉に、凛々子がカチンときたのがわかった。
***
「もしかして、あたしにケンカ売ってるんか?」
凛々子が凄む。
「なっ、何よ」
「ところで、そんな恰好で料理するつもりか? まっ、あたしは、どうでもええけど」
「そのときは、ちゃんと着替えるわよ。うちらは料理だけじゃなくビジュアルも大切しているのよ。あんたたちのような地味なパンピーとは違うのよ」
そう言って、凛々子の顔をじっと見る。
「……えっと、まあまあの……ビジュアルね」
シフォンが、弱々しく言う。
僕は、噴き出すのを必死でこらえた。凛々子に口げんかで勝ったやつを見たことがない。
「まあ、作る料理も派手なだけじゃないようにしーや」
シフォンは、凛々子には勝てないと思ったのか、急に僕の方を向く。
「まっ、いいわ。どうせ、あんたたちには無理よ。どんなに頑張っても、うちらには勝てない」
結果がもう見えているような口調で言い放った。
――えっ、今度は僕が標的?
「ラング・ド・シャなんて、完璧に焼けたとしてもせいぜい八十点レベル。繊細で上品だけど、印象に残らない。私たちの“浜なしのタルト”には及ばないの。レシピの段階で勝負はついてるのよ」
「……」
僕が言い返せないのを知ると、彼女は指を組んだまま、嬉しそうに言い放った。
「料理ってのはね、おいしいだけじゃ勝てないの。見た目も、物語性も含めて──響くかどうかがすべて。あなたたち、まだ、そこがわかってないのよ」
シフォンは、そう言うと、さっと背の向けて行ってしまった。
***
「なんや、あいつ? けったいなやつやな」
「シフォンのああいうのは、挑発して動揺させる手口だ。ライバルにはよく使うらしい」
銀平の忠告に、凛々子は唇を尖らせながら呟いた。
「ライバルって認められたっちゅうことなんかな」
僕は二人のやりとりを聞きながら、ふと胸の奥がざらついた。
「でもさ、あの子の言ってること……ちょっと、当たってる気もする。どうしよう……」
僕の言葉が気になったのか、凛々子はめずらしく無口になった。
緊張と不安の中、コンテストが始まり、出場チーム紹介が始まった。
「次の出場チーム、美味が丘学園・シルバーリリアンズ!」
照明が少し強くなり、視線が一斉に向けられる。
僕たちはステージ中央に向かって歩いた。
凛々子は、まだ、考えごとをしているようで、ただ軽く一礼だけした。
――あの登場ポーズを、やらされなくって良かった。
調理開始の合図が会場に響く。
回りのチームが、一斉に作業を始める。
凛々子が、何かを吹っ切ったように言った。
「しゃーない。奥の手、出すか」
「奥の手?」
凛々子が僕たち二人に顔を寄せて、小さく囁いた。
「まさか、ホントにそれ、やるつもり……?」
「銀平なら絶対できるって!」
「このままじゃ、どっちみち勝てない。なら……イチかバチか、やるしかないか」
銀平が真っ直ぐな目で答えた。
「よし、やろう!」
三人の声が揃った瞬間、調理台が熱を帯びた。