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ミラクルテイスター凛々子の青春レシピーー絶対味覚少女に味音痴な僕は今日も翻弄される!?  作者: 葉月やすな
第二章 お菓子で語る想い! 願いを届けるスイーツコンテスト
8/21

第八話 焦げたチョコクッキー

調理台の上には、昨日、買ってきたスイーツが、ずらりと並んでいる。


「わー、結構あるな、これ。全部食べたら絶対、太るで」


そう言いながら、ためらいなく手を伸ばして、ひと口頬張る。


「……あー、おいし。これ、昨日よりちょっと冷えてて、甘さ立ってるかも」


「俺たちは、凛々(りり)ちゃんみたいに一回食べただけで覚えられないからね」


銀平ぎんぺいはニヤリと笑って、調理台の端にノートとペンを並べた。


「よし、食べ比べしながら書き出していこうか」


三人は椅子に腰かけ、スイーツを少しずつ試食しては、味の印象を書き留めていった。


“香りは開封時に強く、あとに続く渋みとのバランスが命”

“チョコガナッシュが、狭山茶の苦味を引き立てている構成になっている”

“甘味が強いと、狭山茶の魅力がぼやける”


「こうやって食べ比べると、見えてくるもんだな」


銀平が、ラング・ド・シャの欠片を、ぽりぽりと前歯でかじりながら、ぼそりと言った。


「次は、この特徴を、あたしら流にアレンジするで」


凛々子がチョコガナッシュを口に放り込んで笑った。




***




コンテスト本選まで、あと一ヶ月。

春巻副部長が『レシピ審査通過』の知らせを持って調理室に現れたとき、僕たちは思わず拍手した。


「やった!」

「いよいよ本選か~」


そんな僕たちをよそに――

「当然の結果です。われわれ星三つが考えた完璧なレシピですから。それより、レシピ通りにできなかった、なんてことにならないようにしてください」

と言い残して、さっさと出て行った。


銀平が、ぽつりと言った。


「完璧なレシピって、そのまま作ったら“普通”にしかならないだろ」


「変えられるところがないか、探してみるわ」


そう言って、凛々子がレシピを改めて読み直す。

調理時間、素材の合わせる順番、温度の管理、盛り付けの手順……。

僕たちは、変えられるものは全部見直して、何度も試作した。


「この温度調整、あと30秒短くすると食感が変わるな」

「でも香りの立ち方はこっちの方がいいかも」

「見た目の印象も重要やで。皿の縁、ちょっと揃え直してみよか?」


調理台の上では、時計とノートが並び、僕たちは何度も試食をしては微調整を繰り返していった。


しかし、何度、作っても、出来上がったスイーツは、どれも“既製品みたい”だった。


味は悪くない。見た目もそれなり。だけど、どこか決まりすぎていて、僕たちの色が出ていなかった。


「本選まで、もうすぐなのに、全然、決められない」


「くそっ、創作スイーツなら、もっと俺、上手くできるのに、なんで好きなもの作っちゃいけないんだ」


銀平が、悔しそうに呟いた。


「でも、もうレシピ提出しちゃってるし、勝手に変更するのはルール違反だよ」


そう言いながらも、その焦りに共感していた。




***




「毎日。こればっかりで、飽きたわ。あたし、銀平の創作スイーツ、一回食べてみたいな」


凛々子は、無邪気にそう言うと、銀平に近づいていく。

銀平は少し驚いたように目を丸くしたけど、すぐに「しゃあねーな」と笑った。


彼が料理を始めると、凛々子は彼の隣にぴったりくっつき、その手元をじっと見つめている。


「ちょ、近すぎ。邪魔だよ」


と言いながらも、銀平の口元はどこか嬉しそうだった。


そんなふたりを横目に、心の中が少しだけもやっとした。


──複雑だ。なんなんだ、このもやもやは。


銀平が焼き上げたスイーツを凛々子が一口食べて、にっこり笑った。


「……これ、星三つのレシピのヤツより全然、うまいやん」


「ま~な」


銀平が照れたように笑い、凛々子が隣でうなずく。


僕は、黙ってその様子を見ていた。「瑠璃ちゃんも、やってみる?」


銀平が、調理台の向こうで声をかける。


「ええ? あたしは別にええよ。料理、下手やし」


「作ったことないの? スイーツ」


「あたしが作れるのは、おむすびとたこ焼きだけや」


凛々子が肩をすくめて笑う。


「でもさ、バレンタインに手づくりスイーツとか……いいと思うよ」


銀平の一言に、凛々子の目が一瞬、輝く。


「うん。気持ち、伝わるってさ。手作りって」


「……う~ん」


「チョコクッキーなんて簡単だよ。教えるから」


銀平が、ボウルを差し出す。

凛々子は、ほんの少しだけ迷ってから、手を伸ばした。


「……じゃあ、ちょっとだけ。やってみようかな」


――バレンタインの手作りスイーツって、まさか、好きな人ができた?!


僕の胸に不安が広がる。


「まずは生地つくり、粉をふるいにかけて……」


凛々子がふるいに粉を入れる。銀平が後ろから手を添える。


──銀平、近づきすぎだよ!


思わず、声に出そうになって、慌てて口を押えた。


テーブルの周りを粉や生地だらけにしながら、何とか型抜きまでこぎつける。

銀平は、「後はオーブンで焼くだけだから」と言ってその場を離れた。


焼き上がったチョコクッキーは、見た目こそそれっぽかったけど――


銀平が一口食べて、顔をしかめる。


「……まあ、気持ちだけは伝わる……かな?」


「そんなにまずい?」


「焼き過ぎ!、炭化している」


凛々子が、顔を真っ赤にして「ごめん、タイマー、セット間違えた」と謝る。


僕も、黙ってそれを口に運んだ。


──焦げたクッキーの苦さに片思いの苦さが重なった。

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