第七話 ラング・ド・シャは雑魚でもできる
銀平は、ボウルの中で卵白を泡立てながら言った。
「メレンゲってのは、泡立てすぎると分離するから、角が立ったらすぐ止めるんだ。クリームも、絞り袋はこう持つと安定する」
うなずきながら手元を見直した。
──へぇ、わりとちゃんと教えてくれるんだ。――案外いいやつかも。
隣では、凛々子が腕組みして頭を抱えていた。
――さっきから、ずっと考え込んでる。コンテストの作戦か……?
銀平が軽く振り返って聞いた。
「何か心配事?」
すると突然、凛々子がパッと立ち上がった。
「よし、これで決まり! 『シルバーリリアンズ』や!」
「……は?」
僕と銀平が、きょとんとした顔になる。
「銀平とあたしと安太郎で、『シルバーリリアンズ』。チーム名や! ええやろ!」
──いや、正直、ダサすぎるって。
「でな、登場ポーズはこれな!」
そう言って、変身ヒーローもののようなポーズを決める。
腰をひねり、片腕を空に突き上げて、もう片方を胸元に構える。
そして、僕たちのほうを見て、顎をクイッ、クイッと動かした。
――僕たちにもやれってことか?
銀平と僕は目を見合わせ、小さくため息をついたあと、しぶしぶポーズをとる。
──これ、まさか本番でやらされるのか? 恥ずすぎる。
***
春巻副部長は、僕たちのエントリーシートを読み終えると、深くため息をついた。
「……シルバーリリアンズ? ネーミングセンスゼロね」
凛々子がキッと部長を睨む。
銀平は苦笑いを浮かべている。
エントリーシートを処理済みの書類箱に移し、冷たい声で続けた。
「大会では、この名前と同じような恥ずかしい成績では許されませんから」
凛々子は不満そうに、イーッと顔を突き出す。
副部長は、気にする様子もなく椅子からすっと立ち上がると、後ろの書棚からレシピファイルを取り出して手渡してきた。
「これが、コンテスト用のレシピ。星三つのメンバーが仕上げた正式なレシピよ。初心者向けに調整してあるわ」
「あのー、それで、星三つの人たちは出場しないんですか?」
僕の問いに、春巻副部長は一瞬だけ目を細めると、すぐに鼻で笑った。
「まさか。あんな雑魚の大会に、私たちが、わざわざ出るまでもないでしょ」
言い放ったその口調には、圧倒的な余裕と、自信がにじんでいた。
凛々子が身を乗り出す。
「これで優勝すれば、星を上げてもらえるんやろ?」
「考えておくわ……。まっ、精々、頑張りなさい」
***
――狭山茶ラング・ド・シャ・サンドか。
渡されたレシピには、材料と手順が丁寧に書かれている。
「ラング・ド・シャは、俺も作ったことがある。今回は狭山茶クリームをどう生かすかがポイントかな。
まぁ、香りが強いぶん、逆に扱いが難しい狭山茶だけど……ちょっと加減間違えると、苦味だけが残ったりもするし」
「難しいの?」
「いや、わりと簡単なスイーツだけど、それだけに特徴を出すのは難しい――このレシピのままじゃ“普通のお菓子”にしかならない」
僕たちは、調理台を囲んで考え込んでしまう。
――確かに星三つ保持者が作ったレシピは、完璧だ。完成度が高すぎて、逆に遊びが入る余地が見つからない。
「考えてても進まへん!とりあえず、狭山茶使ったスイーツ食べに行こ! 参考になりそうなやつ、探しに!」
銀平が驚いたように目を丸くした。
「今から?この時間に?」
「うん。この町の甘味処、まだ開いてるお店が、あるはずや」
──凛々子って、どこまでもポジティブだ、ほんとに。
「じゃあ、行くか。星三つレベルの“ヒント”食べに」
銀平は軽く笑いながら、エプロンを外した。
「“雑魚”呼ばわりされたままじゃ、癪だしな」
僕たちは、夕闇が迫り、ネオンが灯り始めた街に歩み出した。