第六話 星の数の意味
「俺が作った紅鮭のアクアパッツァ……どう?」
銀平が少し照れながら皿を差し出した。
凛々子はスープを舌の上で転がすように、静かに吟味する。
「素材を活かそうとしてるのは、ちゃんと伝わる。けど、味のバランスがちょっと不安定やな。塩が立ちすぎてて、鮭の旨味が隠れてる」
「やっぱり凛々ちゃんの評価はキビシイなぁ」
銀平は少し目を伏せながら、ぽつりと言った。
「実は、魚料理は正直、専門外なんだ。ほんとは、俺……パティシエ目指してるからさ」
「えっ、そうなん?」
僕が思わず聞き返す。
「うん。でも、親父がさ。『男がお菓子作るなんて“筋が通らん”』って言って反対してるんだよ。『そんなのは女のやること』って……意味わかんないだろ?」
凛々子が真顔でスプーンを置いた。
「ヒドッ。昭和やん、それ。時代遅れすぎる!」
***
僕はスープ皿を片づけながら、前に銀平が言っていたことが知りたくて、声を上げた。
「で、結局、どうやったらそのコンテストに出られるん? 早く教えてよ」
銀平は飲んでいたコップの水を回しながら、ふっと小さく笑った。
「美味が丘学園では、コンテストに出るには、かなり厳しいんだよ。学校の名誉がかかってるからさ。星二つ以上ないと、出場できないことは知ってるよな」
「星二つって、そんなにすごいん?」
凛々子が目を丸くする。
「さぁ……まあ、星二つ以上じゃないと出られないのは確かだけどね。でもね、アシスタントとしてなら星一つでも出られる。下ごしらえ担当として」
「アシスタント?!」
僕と凛々子が声をそろえて聞き返す。
「部長がコンテストの説明のときに言ってたんだ。アシスタントなら星一つでも出られるって」
銀平は真面目な顔で、僕たちを順に見た。
「安太郎、凛々ちゃん。もしよかったら、俺のアシスタント…やってくれない?」
一瞬、空気が止まった。
「それって、銀平と一緒に出られるってこと……?」
***
銀平が、真顔で僕たちに向き直った。
「うちの部が、なんでレシピを星三つの人にしか書かせないか、知ってるか?」
凛々子が首をかしげる。
僕も答えが見つからず、黙り込んだ。
「どんなコンテストにも、必ず予選がある。レシピ審査ってやつ。そこが通らなければ、料理する以前に失格だ」
「レシピで落ちるってこと?」
「そう。美味が丘では、予選落ちなんて絶対、許されないことだ。学園の名誉に関わるからね」
僕と凛々子は顔を見合わせる。
空気が、一気に変わって重く感じる。
銀平は言葉を選びながら続けた。
「だから、レシピを書くのは星三つ保持者の役目。実力が証明されてるやつじゃないとダメなんだ」
「予選で落ちると、どうなるの?」
恐る恐る尋ねると、銀平は少し口を引き結んだ。
「昔、一度だけ、予選で落ちたチームがいたらしい。その後、部を辞めるだけでは済まなかった。――退学になったらしい」
凛々子は息を呑み込む。
僕も手元のグラスが、少し揺れた。
銀平が視線を落として、静かに言った。
「……実は俺、人のレシピで料理するの苦手なんだ。ずっと創作スイーツばっかり作ってきたからさ」
僕と凛々子は同時に銀平の顔を見つめた。
「それで僕たちが一緒にってこと?」
確かめるように問いかける。
銀平は少し照れたように笑いながら、頷いた。
「入部試験のときの凛々ちゃん見てて、思ったんだ。この子なら、レシピに書かれてない微妙なさじ加減とか、理解できるかもって。 ああいうのって、感覚の世界だからさ」
凛々子は小さく笑ったけど、頬がほんのり赤く染まっていた。
「……ついでに安太郎も、ってね。技術はありそうだし」
銀平はさらりと付け加えた。
――”ついでに”ってなんだよ。 でも、まぁ、出場できれば何でもいいか。
「今回のコンテスト、ご当地スイーツのコンテストなんだ。これで優勝して……親父を認めさせてやりたいんだ」
瞳が、いつになく真剣だった。
「だから、一緒にやってほしい」
「……うん。分かった。協力するで」
「僕もやる。やろうよ、三人で!」
僕たちは、決意を新たにした。
不安もある。でも、それ以上に、コンテストが楽しみだ。
そして、凛々子と銀平となら、きっと――最高の答えを出せる気がした。