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第五十二話 未来へ続く第一歩

台風が去った翌朝、実習棟の空気にはまだ湿り気が残っていた。

幸い、改装中のレストランは無事だった。


窓の外では、部員たちが黙々と後片付けをしている。

僕は、浸水した床の泥を掃き出していた。


凛々子が近づいてきて、「おつかれさん。はい、これ」と言って、小さな包みを差し出した。

中を開けると、おむすびが入っていた。


「ありがとう」


僕は椅子に座って、おむすびを食べながら言った。


「そういえば、前にもおむすびくれたよね。中学のとき」


凛々子は手を止めて、少しだけ笑った。


「覚えてたん?」


「びっくりしたよ。誕生プレゼントって言われて、中身見たら――おむすび一個だけで」


「あはっ。おいしくなかったやろ?」


「うん。あっ、そんなこと……でも、全部食べたよ。

一生懸命作ったんだなって思ったら、なんか、すごく嬉しかった。

たぶん、あれで好きになった気がする」


凛々子は、少しだけ顔を赤らめた。


「でも、なんでおむすびだったの?」


「あの時、女子の間で、手作りのもん食べてもらうのが流行ってて。

ほんまは、お菓子とか作りたかったけど、料理、下手やから、おむすびしか作れへんかった。

それに、安太郎が、『ご飯が一番好き』って言ってたこと思い出して」


凛々子は、早口で言い訳みたいに続けた。

僕は一瞬、息を呑んだ。


「それって――好きな人にってこと?」


「さあ、どうやろな」


凛々子は笑ってごまかすように言いながら、口元を指さした。


「ご飯、ついてるで」


「え、どこ?」


僕が慌てて手で払ったが、凛々子が首を振る。


「まだや。あたしが取ったる」


そう言って、顔を近づけてきた。

頬に、ふわりと唇が触れる。


僕が驚いていると、凛々子は小さく笑って言った。


「これが、告白の返事や」




***




レストランが完成し、僕たちは、そこに移って開店準備を始めた。

台風での遅れを取り戻すため、急ピッチで作業を進める。

食材の仕込み、器具の点検、メニューの最終調整、お店の飾りつけ……。

やることは山ほどある。


僕は、味付けに迷ったとき、自然と凛々子に相談するようになっていた。

彼女は、以前のようにすぐ答えを言うのではなく、ヒントだけをくれる。


「それ、ちょっと塩が勝ちすぎてるかもな」

「酸味、もう一段階足してみたら?」


その言葉を頼りに調整すると、料理の完成度がぐんと上がる。

僕は、彼女の感覚に改めて驚かされていた。


銀平が、にやにやしながら声をかけてきた。


「仲直りしてるじゃん。嵐で二人っきりって、なんか進展あったか?」


僕が返事に困っていると、琴乃さんと澪も興味深そうに、こちらを見ている。


「何もないよ。それより、しっかりやらないと開店に間に合わないよ」


僕は話をそらしながら、厨房の皆に声をかけた。


「みんな、がんばろう。あと少しだ」


その言葉に、皆が一斉に頷く。

空気がひとつにまとまっていくのを感じた。


そして、ついに開店の日。

学園祭のお客さんや近所の人たちで、店内は満席状態。外には行列までできていた。


接客班と調理班が見事に連携し、料理の提供もスムーズ。

客席は笑顔で溢れ、料理の感想も上々だった。


僕は厨房の隅から客席を見渡し、胸が熱くなるのを感じた。

凛々子がそっと隣に立った。


「お客さん、いっぱいやな」


「うん、みんなのおかげだよ」


「いや、安太郎と凛々子の空気が一番効いてるかもな」


銀平が茶化すように言うと、澪が笑って「それ、わかる」と言い、琴乃さんも「いいチームになったね」と頷いた。


僕たちは、厨房の仲間たちと目を合わせ、静かにガッツポーズをした。




***




店内の賑わいが少し落ち着いた頃。

留学先のアメリカから駆けつけてくれた鷹爪先輩と春巻先輩が、厨房に顔を出した。

制服姿ではなく、私服に身を包んだ二人は、少し大人びて見えた。


「大成功だったね」


「ありがとうございます、鷹爪部長」


「もう部長じゃないよ。今は、ただの卒業生」


鷹爪先輩は笑って首を振った。


「これからが大変よ。気を抜かないでね」


「はい!」


春巻先輩の励ましに、僕は背筋を伸ばして答えた。


皿洗いを終えた凛々子が振り返って言う。


「鷹爪フーズと春巻苑が一緒になるって聞いたけど、二人も一緒になるん?」


春巻先輩は肩をすくめながら言った。


「合併よ、合併! いずれは、そうなるかも、ね」


そう言いながら、鷹爪先輩の腕に絡みつく。

鷹爪先輩は少し照れて、「ちょっと、涼音くん……」と苦笑いを浮かべた。


春巻先輩がくるりと僕の方を向く。


「そんなことより、あなたたちは、どうなのよ?」


僕は言葉に詰まり、顔が真っ赤になる。


凛々子がすかさず言った。


「うちの料理長は、まだまだ修行中や」


「あなたはどうなの? 安太郎くんとは、ちゃんとやってるの」


「……それは、その……ぼちぼちや」


凛々子は、少し照れて答え、僕の方をちらっと見た。

春巻先輩が、二人を見て、ふふっと笑う。


店内には笑い声が広がった。

客席も厨房も、どこを見ても笑顔ばかり。


僕はその光景を見つめながら、静かに思った。


――この場所が、未来へ続く第一歩になる。


(完)

やっと、最終話までこぎつけました。

ここまで読んで下さった皆さん、本当にありがとうございます。

感想、ご評価、よろしくお願いします。

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