第四十四話 審判のとき
審査員席の前に、料理が一皿ずつ並べられた。
会場が静まり返る。
観客も僕たちも、息を飲んでその瞬間を待っていた。
一人目の審査員が口を開く。
「春巻苑チームの料理は、素材の選び方こそ庶民的だが、技術と構成が圧倒的。大衆向け中華を、ここまで高めたのは見事です」
ざわめきが広がる。
春巻苑らしくない食材を使っているのに、ここまで高く評価されるとは。
次に、僕たちの料理。
「高級中華のコース料理として最高レベルの完成度。若手らしい“動的な美”も感じられました」
凛々子が小さく息を吐いた。
僕も、胸の奥がじんわりと温かくなる。
鬼藤の料理に対しては、審査員の表情には戸惑いが浮かんでいた。
「インパクトはある。だが、味の方向性が極端で、好き嫌いが分かれる。料理としての完成度には疑問が残ります」
鬼藤は腕を組んだまま、審査員を睨みつけている。
幸楽園の料理には、優しさがあった。
「落ち着いた味。昭和の町中華らしい安心感がある。ただ、技術面では未熟さが目立ちます」
レストランこもれびの料理には、未来があった。
「静かな革新。中華の新しい可能性を感じました」
審査員の票が集計される。
ついに結果が読み上げられた。
一位は、僕たちのチーム。
僅差で春巻苑。
その後に幸楽園、こもれび。
最下位は、辣堂――鬼藤のチームだった。
僕は、嬉しさと安堵に包まれる。
凛々子が僕の腕を軽く叩いて、笑った。
そのとき、鬼藤が声を荒げる。
「審査員の舌は古いんだよ。来場者が選ぶのは、俺の料理だ!」
会場がざわつく。
でも、僕はもう鬼藤の声に振り回されなかった。
次は、来場者による一般審査になる。
――僕たちの料理は、この町の人たちに、ちゃんと届くはずだ。
***
僕たちは、美味が丘学園の料理部の部員たちにも手伝ってもらって、来場者用の料理を作る。
ブースの前には、長い列ができる。
鍋を振りながら、盛り付けのタイミングを確認する。
部員たちは、慣れた手つきで次々と皿を仕上げていく。
お客さんの笑顔が、次々と広がっていく。
「これ、ほんまに高校生が作ったん? すごいな」
「甘味まで手抜きなしって、感動したわ」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
用意していた食材は、次々と消えていった。
冷蔵庫も、ストック棚も、見事に空になった。
「すみません! これが最後です」
凛々子が嬉しそうに叫ぶ。
僕は、最後の一皿を丁寧に仕上げた。
春巻副部長のブースも、すごい盛況ぶりだった。
普段は優雅な姿しか見せない副部長が、一心不乱に鍋を振っている。
まるで町中華の料理人のように、“お客を待たせることは許されない”とばかりに。
その姿に、僕は思わず見入ってしまった。
辣堂のブースでは、鬼藤の怒鳴り声が響いていた。
「もっとお客、呼んで来い! 声が小さいんだよ!」
怒号と客引きの叫びが、ブースの空気をかき乱していた。
夕暮れ。
まんぷくフェスのクライマックス。
投票結果が発表される。
一番は――逆転で春巻副部長チーム。
続いて、僅差で僕たち。
その後の順位は、審査員の結果と変わらなかった。
僕は、悔しさと副部長への安堵の混ざった不思議な気持ちで凛々子を見る。
凛々子は、じっと副部長を見つめている。その眼には、やさしさが宿っていた。
――たぶん、凛々子も僕と同じ気持ちなんだろう。
そのとき、鬼藤の怒号が響く。
「また、インチキしたのか!」
一瞬、会場が凍り付いた。
***
フェスの司会者が、マイクを持って鬼藤に向き直る。
「鬼藤さん、それはどういう意味でしょうか?」
「こいつは、俺が告発した食品偽装の春巻苑の娘だぞ。インチキしてるに決まってんだろ」
鬼藤は、腕を組んだまま吐き捨てるように言った。
会場がざわつく。
僕は、凛々子の隣で息を呑んだ。
そのとき、春巻副部長が静かに前へ出る。
「春巻苑の厨房に大衆向け中華の素材が運ばれたときには――あなたは既にクビになっていましたわね」
彼女の声は、冷静で鋭かった。
「それで、どうして偽装があったことがわかったのですか?」
「あいつが告発者だったのか」
「それって、見てないのに告発したってこと?」
観客の声が、あちこちから漏れ始める。
鬼藤は、顔をしかめて言い返す。
「俺がやめる前から偽装してたんだよ!」
「あれ以前の厨房には、大衆向け中華の素材は持ち込まれていません。
もし、あるとすれば――それは、あなたが持ち込んだことになりますわね」
春巻副部長は、小さなため息をつき、憐れむように鬼藤を見た。
一瞬、鬼藤の顔が引きつる。
「そうなれば、偽計業務妨害になりますけど――よろしいかしら?」
鬼藤は、何も言い返せず、悔しそうに副部長を睨む。
沈黙のあと、会場から拍手が沸き上がる。
それは、春巻副部長に向けられたものだった。




