第四十三話 中華バトル開幕
まんぷくフェスの会場。
お昼前の商店街は、屋台が立ち並び、幟が風に揺れていた。
去年までのまんぷくフェスは、町内の家族連れがのんびり屋台を巡る、ほのぼのしたイベントだった。
でも今年は違う。
中華バトルのPR動画のお陰で、一気に“全国区”になった。
テレビ局の中継車が通りに並び、レポーターがマイク片手に特設ステージの前で叫んでいる。
「こちらが注目の料理対決の特設ステージ。始まる前から熱気に包まれています!」
観客の数もすさまじい。
地元の人だけじゃない。
SNSを見た人たちが、県外からも集まってきている。
ステージ前には人だかりができていて、僕たちはその隙間を縫うようにして舞台裏に向かった。
バトルの審査は二層構造。
専門審査員は、地元の老舗料理人、食文化研究者、料理評論家。
技術、構成、味が厳しく審査される。
もう一つは来場者投票。
試食後に投票札を投じる形式で、料理の印象や親しみやすさ、祭りとの親和性が重視される。
最終順位は両方の得点を合算して決まる。
「安太郎、緊張してる?」
凛々子が僕の顔を覗き込む。
僕たちは春巻苑の高級中華に対抗するため、何度も試作を重ねてきた。
味は間違いない。たぶん、勝敗を分けるのは“来場者投票”だ。
実家の炊屋が頭をよぎる。
母さんが取る出汁の香りや父さんが刻む包丁の音、常連さんとの何気ない会話。
――炊屋のように、ちゃんとお客さんの心をつかめるだろうか。
鐘が鳴り響き、ステージの照明が灯る。
僕らの挑戦が、ついに幕を開けた。
***
凛々子が僕の鍋を覗き込む。
「火、強すぎへん?」
「いや、練習通り。ここで一気に香りを立てるって言ってただろ」
僕は中華鍋を振りながら、手元のタイマーを確認する。
前菜の仕上げまで、あと三分。
凛々子は味見係。僕が作った料理を、要所要所で確認してもらう。
「うん、塩加減はちょうどええ。次、主菜いこうか」
彼女が頷いたのを見て、僕は次の鍋に火を入れる。
でも、凛々子の視線は、僕の料理じゃなく隣のステージに向いていた。
「……何作ってるんやろ、副部長たち」
その声に、僕もつい手を止めてしまう。
副部長チームの調理台。
そこに並んでいたのは、冷凍の鶏むね肉、おそらくスーパーで買ったキャベツ、もやし。
どれも、副部長の料理とは思えない食材だった。
「冷凍……? あれ、ほんまに副部長が使うん?」
凛々子が眉をひそめる。
僕も気になる。だが、今は自分の料理に集中しなければならない。
「凛々子、料理に集中しよう」
彼女は視線を戻し、頷いた。
***
調理時間が終わり、鐘が鳴る。
各チームの料理が並べられ、審査員と観客の前に披露された。
僕たちの皿は、予定通り四品構成。
前菜、主菜、点心、甘味。
どれも練習通り、完璧に仕上げた。
春巻副部長たちの料理が運ばれてくる。
観客も審査員も、高級料理を予想していた。
でも、目の前に置かれたのは――
前菜:もやしとザーサイの冷菜。
シャキシャキのもやしと塩味の効いたザーサイが、香味油で品よくまとめられている。
主菜:鶏むね肉の黒酢炒め。
安価な鶏むね肉を低温調理でしっとり仕上げ、黒酢の酸味と甘みで高級感を演出。
点心:キャベツと豚ひき肉の焼売。
キャベツの甘みが豚肉の旨味を引き立て、皮の厚みと蒸し加減も完璧。
甘味:杏仁豆腐。
牛乳とゼラチンで作られたシンプルな杏仁豆腐に、季節の果物を添えて華やかに。
「……副部長たち、どういうつもりなん?」
凛々子がぽつりと呟く。
僕の胸に、じわりと不安が広がった。
副部長たちが、あえて“安価な食材”で勝負してきた理由。
それが、なぜなのか――僕にはまだ見えていなかった。
鬼藤豪の料理が運ばれてくる。
皿の上には、爆辛麻婆春巻と爆辛炒飯。
見た目からして、すでに異様な気配を放っていた。
麻婆春巻――
唐辛子と花椒が過剰に効いた麻婆餡を、春巻の皮で包み、油でカリッと揚げてある。
爆辛炒飯――
ラードと豆板醤で炒めた米に、唐辛子を丸ごと刻んで投入。赤黒い米粒が皿の上で光っている。
鬼藤豪が、審査員席に向かって吠える。
「味の暴力で、全部ぶっ壊す!」
その声に、会場がざわついた。
幸楽園の料理は、昭和の町中華の王道。
主菜は、五目あんかけ焼きそば。
点心は、昔ながらの焼売。
見た瞬間、懐かしさが胸に広がる。
レストランこもれびの料理は、豆腐とトマトの香味炒め。
創作中華の静かな革新。新しい中華の形を示している。
すべての料理が並び、審査が開始される。




