第四十二話 完成された美を超えて
まんぷくフェスの公式SNSが更新され、PR動画の人気ランキングが発表された。
春巻副部長チームが圧倒的な再生数を記録していた。
静謐な厨房。寸分の狂いもない包丁さばき。
際立つ火入れの精度。
コメント欄には「完成された美」という言葉が並ぶ。
一方、凛々子の目隠しテイスティング動画も話題になっていた。
「かわいい」
「凛々子しか勝たん」
「手料理食べたい」
……
コメント数では断然トップ。
料理より凛々子の方が盛り上がってることに、僕は少し複雑な心境だった。
中華バトルへの出場チームは、五つに絞られた。
春巻副部長チーム。辣堂。町中華の幸楽園。レストランこもれび。そして僕たち。
学校の調理室。
春巻苑からテイクアウトした中華オードブルを前に、僕たちは黙々と箸を動かした。
「副部長は、絶対、自分の店の料理を出してくるで」
凛々子は、海老チリを口に放り込みながら言った。
「うん。あの人の中華料理は、春巻苑仕込みだって聞いている」
「それやったら、春巻苑を超えないと勝てへんな」
「でも、酢豚の甘酸っぱさも、八宝菜のとろみも……どれも完成度が高すぎて、隙がない」
ため息まじりで呟いた。
「これ以上の完成度って、一体、何をすれば…?」
「わからへん。でも、やらんとあかん」
春巻苑の“完成された美”を超える――それが僕たちの合言葉になった。
***
「なあ、安太郎、いっぺん春巻苑に食べに行こう」
凛々子が突然、とんでもないことを言い出した。僕は思わず固まった。
「絶対無理だよ。いくらかかるか知ってるの?」
――あんな高級店、僕たちではテイクアウトが精一杯だ。
「春巻副部長にご馳走してもらうってのは?」
凛々子がさらりと言う。
「あり得ないだろ。そんなこと」
でも、凛々子は笑って立ち上がった。
「ダメもとで頼んでみる」
お気楽すぎるその背中を見て、僕は慌てて追いかける。
部長室。
春巻副部長は、凛々子の言葉が終わるか終わらないうちに、副部長はあきれ顔で答えた。
「ずうずうしいわね。あなたらしいけど」
「す、すみません。ほら、帰ろう」
僕は頭を下げて、凛々子を連れて帰ろうとした。
そのとき、副部長が言った。
「いいわ、私の名前を出せばいいようにしておくから」
凛々子は満面の笑みを浮かべた。
「さすが、副部長。太っ腹やな!」
春巻苑。
店長が丁寧に頭を下げる。
「お待ちしておりました。お嬢様からお話は伺っております」
案内された席に着く。
豪華な店内。
朱色の絨毯、金の装飾、静かな照明。
僕は気後れして、足元ばかり見ていた。
でも、凛々子は迷いなくメニューを開く。
前菜に、黄韮と海蜇の涼拌。
主菜は、蝦夷鹿の豆鼓炒め。
点心は、干し貝柱入り蒸し餃子。
甘味は、白木耳と棗のシロップ煮。
味や盛り付け、一つとして見逃してはならないと思いながら食べ進めた。
次の日、学園に戻って、僕たちは試作に取りかかった。
火入れの温度、切り方の角度、盛り付けの高さ。
器の余白と色彩まで、細かく調整を重ねる。
――春巻苑と同じじゃだめだ。超えないと意味がない。
蒸し餃子を口に運んだ凛々子が言った。
「この餃子、貝柱の旨味が主役を引き立てている。点心はこれでええ」
僕は頷いた。
***
試行錯誤の末、ついに僕たちの四品が完成した。
前菜──黄韮と海蜇の涼拌。
黄韮の香りが立ち上がり、クラゲの冷たさが舌に涼を走らせる。
その鮮烈なコントラストに、誰もが目を奪われるだろう。
主菜──蝦夷鹿の豆鼓炒め。
赤身の力強さに、豆鼓の発酵香が緻密に絡み合う。
春巻苑の“均整美”を超えた“動的な美”を皿の上に輝かせることができた。
火入れも、味の構成にも、迷いはない。
点心──干し貝柱入り蒸し餃子。
皮は蒸気を透かすほど薄くなるように繊細な技術を込めた。
貝柱の旨味が幾層にも重なり、噛むたびに構成の精度が伝わるはずだ。
甘味──白木耳と棗のシロップ煮。
温かく、静かな甘さ。
季節の余韻を閉じる一皿として、構成美と感性を融合させた自信作だ。
凛々子が、皿を見つめながら力強く言う。
「この味なら、春巻苑を超えてるわ」
その言葉に、俺は迷わず応じた。
「華やかさも、十分にある。勝負になる」
彼女の目は真っ直ぐだった。俺の中にも、迷いはなかった。
この四品が、僕たちの答えだ。




