第四話 “最強”味噌で入部許可
「ふふ、ちょっと待ちいや」
何かをひらめいたのか、さっきまで唇をかんで悔しがっていた凛々子が、意味ありげに微笑んだ。
そして、僕の耳元に顔を寄せてくる。
「安太郎、バルサミコと白味噌、出せる?」
「え? あ、うん……」
僕は慌ててカバンの中のマイ調味料を探った。
「副部長、これ、ちょっと借りるで」
「何をする気なの。最高級フォアグラを勝手に……!」
春巻副部長の声が少し上ずる。
凛々子は迷いなく、それを僕の調理台の上に置いた。
僕は言われた通りに調味料を取り出す。
バルサミコ酢、白味噌、オリーブオイル。
そして、彼女の言葉に従って料理を始めた。
彼女の舌の記憶を追うように――慎重に、そして素早く。
フォアグラの表面を低温で焼き、バルサミコ酢と白味噌で作ったソースをかける。
最後に、ほんの少しのゆず皮を香り付けに添えた。
完成した瞬間、周囲のざわめきが沈黙に変わる。
みんなの視線が一点に集まる。皿の上の光景に――。
僕は完成したそれをそっと皿に盛り、副部長の前に差し出した。
「あたしを失格にするんは、これを食べてからにしてや」
副部長は表情を固めたまま無言。
皿を見つめているが、フォークに手を伸ばさない。
そんな空気を裂いて、明るい声が調理室に響いた。
「どれどれ~~」
鷹爪斗真部長だった。
「わっ、イケメン!」
凛々子の目が、わずかに輝く。
鷹爪部長はにっこり微笑むと、皿を手に取り、一口。
その瞬間、彼の表情が変わった。
「うーん、これは……」
目を閉じて少し首を傾げながら、鷹爪部長は語り始める。
「まずフォアグラの火入れが繊細。舌の上でとろける脂が、白味噌の甘みとバルサミコの酸味に支えられて崩れていく」
さらに一口。
「まるで高音と低音が交差するクラシックの和音。鼻腔に広がる香りが、味覚の天国へと誘ってくれる――これこそ、食材の持ち味を最高のレベルまで引き上げた至極の逸品だ」
周囲が、静かにざわめいた。
「あの食レポ、自分で味わっているかのような錯覚すら覚える」
「それに、あの気品あふれる食べ方。まるで中世の王子様のようだわ」
「一度でいいから、部長と二人きりであのフォアグラステーキを食べてみたい」
みんなが、その語りと食べるしぐさに引き込まれていった。
***
凛々子が得意そうにしゃべり出す。
「食べたことがなくても、一度味を見たら、その食材の最高の料理法がすぐに思いつく。
これで、あたしの力がどんなにすごいか分かったやろ」
鼻がいつもより膨らんでいる――最高に得意満面のときの顔だ。
そして、さらなる追撃が飛ぶ。
「しかもな、この白味噌は京都一のお味噌屋さんから仕入れた西京味噌や。
西京だけに――最強やでー!」
調理室に、急に冷ややかな空気が流れた。
――あ~あ、それを言わなきゃカッコよかったのに。
だが、その空気はすぐに鷹爪部長の笑い声でほぐれる。
――ウケてる? 部長には、ウケたのか?
「二人ペアの料理コンテストもあるし、いいんじゃない? 面白そうだし」
鷹爪部長の一言に、副部長は黙って俯いた。
それでも、しばらくして、しぶしぶと首を縦に振る。
「……部長がそうおっしゃるのなら、仕方ありません。今回だけは特例として認めてあげるわ」
凛々子は両手でガッツポーズを取りながら叫んだ。
「やった! 星三つゲットーー!!」
「まずは星一つからです。調子に乗らないこと!」
「星一つ? まあええ。すぐに三つ取ったるから見ときや」
僕は胸の奥で、ようやく息を吐いた。
――これで、凛々子といっしょに料理ができる。
***
次の日、僕と凛々子は入部申請書を持って部長室を訪れた。
奥から、話し声が聞こえる。
「私は絶対、反対です」
春巻副部長の声だ。
「そうかな。このプロジェクトは新入部員主体にやるべきだ。特にあの二人は、おもしろいと思うよ」
鷹爪部長の声も聞こえる。
「新入部員はいいとしても、あの二人、特に六味さんは……」
「じゃあ、彼女の教育は任せるから、判断は涼音くんに委ねるよ」
凛々子が、少し大きめに声をかけた。
「申請書、持ってきたんやけどー」
二人が、僕たちに気づく。
「やあ、君たち。炊屋安太郎くんと六味凛々子くんだったね。
あらためて、歓迎するよ。美味が丘学園調理部へようこそ」
「どうも、これ入部申請書です」
「あの~、さっき、あたしたちのこと話してました?」
凛々子が、遠慮なく聞いた。
――やばっ。それじゃ立ち聞きしてたのバレてしまうよ。
「あら、あなたたちを厳しく指導するように、部長から頼まれていたところです」
――なんか、誤魔化した? さっき、プロジェクトとか聞こえたけど……
「えー、あたし、鷹爪部長の指導のほうがええのに」
「もう、あなたのそういうところです。明日から、ビシビシ指導しますからね!」
――凛々子は、春巻副部長の地雷を踏むのが趣味なのか。これ以上、怒らせてどうする!
「こっ、これで失礼します。ほらっ、行くよ」
僕は凛々子を急かして、部長室を後にした。
――でも、プロジェクトって何だろう?
胸の奥に、入部できた嬉しさと、わずかな不安――そして、確かな期待が混ざっていた。
ここまで読んで下さった皆さま、どうもありがとうございました。次回より凛々子と安太郎が料理コンテストで活躍します。これからは、一日一話のペースで書いていきます。引き続き、よろしくお願いします。