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第三十七話 笑顔の数を目指して

澪は、エプロンの裾を握りしめながら、言葉を続けた。


「私、美味が丘に入れたのが嬉しくて……でも、星なしって判定されて退部しなきゃいけなくなって。

 もう学校もやめたいって、マスターに相談したの。そしたら……」


澪の目が、マスターを見つめる。


「『やめなくていい。僕が料理部に戻れるようにしてあげる』って言ってくれて……」


沈黙の中、マスターがゆっくりと口を開いた。


「僕たちの頃は、みんな料理が楽しかった。

上手な子も、下手な子も、みんな誰かのために一生懸命に料理を作ってた」


鷹爪部長が何か言いかけたが、マスターはそれを遮るように続けた。


「それが、鷹爪理事長が来てからは変わった。

 高級食材をふんだんに使って、コンテストで優勝することが目的になった。

 鷹爪フーズの食材を使った美味が丘の料理を有名にするために」


「それで……わざと鷹爪フーズの食材を使わない料理で、コンテストに応募したんですね」


マスターは、静かにうなずいた。


「ああ、あのときの続きを、ようやく出せた気がする」


少し間をおいてから、マスターは口を開いた。


「鷹爪くん、今の料理部は……楽しいか?」


その言葉に、空気が張り詰める。


鷹爪部長は、口を開こうとしたが、何も言えなかった。

彼の目が揺れている。こんな部長の姿は、初めてだ。

春巻副部長は、心配そうに部長を見つめる。


マスターは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「僕は、あのころの料理部が好きだった。

みんなが、誰かのために、心から料理を作っていた。

星の数なんかじゃなくて、笑顔の数を目指していた」


沈黙を破るように、マスターの声が続いた。


「今の料理部を、あのころのように戻してほしい。みんなが、また料理を楽しめる場所に」


鷹爪部長の目が、マスターを見据える。


「それができるのは――理事長に反対されながらも、料理部を変えようとしている君しかいない」


その言葉に、春巻副部長が小さく息を呑む。

鷹爪部長は、何かを決意するように、拳を握りしめた。




***




次の日、料理部の部員全員が調理室に集められた。

春巻副部長が前に立ち、声を張る。


「鷹爪部長から、大切なお知らせがあります」


ざわつく部員たちの前で、鷹爪部長が壇上に上がった。

一瞬、静まり返る。


「これからは、星の数に関係なくコンテストに参加できるようにします。料理も、好きなものを自由に作っていい」


その言葉に、調理室が一気に沸いた。


「やったー!」

「マジで?」 

「自由に作っていいって。最高じゃん!」


歓声があちこちで弾けた。


「じゃあ、星の数もなくなるんですか?」


誰かが叫ぶように質問した。

春巻副部長が、すっと前に出て答える。


「星の数は残します。みんなのモチベーションアップのために」


凛々子が、両手を挙げて叫んだ。


「やったー! もう皿洗いもしなくていいんや!」


その声に、笑いが起きる。

春巻副部長が、少しだけ眉を上げて言った。


「いえ、どこの厨房でも皿洗いは、初心者の仕事です。でも原則は、自分で使った食器は自分で洗うようにします」


「しゃーない……ま~ええか」


凛々子が、ちょっと不満そうに言う。

その言葉に、また笑いが広がった。

調理室の空気が、少しずつ明るくなっていく。




***




――これが最後の皿洗いになるのかもしれない


僕と凛々子が、調理室の隅で皿洗いをしていると、背後から声がかかった。


「手伝うよ」


振り向くと、澪が立っていた。


「皿洗いは、星なしの仕事だからね~」


そう言って、楽しそうに袖をまくり、スポンジを手に取る。


「料理部に戻れたんだね」


僕が言うと、澪は笑った。


「うん、退部届、出さなくてよかった」


水音が静かに響く中、僕は聞いた。


「バイトは辞めたの?」


「シフト変えてもらった。部活の休みの日に入ることにした。やっぱり私、お客さんと話すの好きだし」


「でも、三人もいなくなってオスピタリテも大変だね」


澪は、ちょっと肩をすくめて言った。


「マスターがね、またアルバイト募集しなくちゃって嘆いてた」


「るなさんは?」


「二人で頑張るって、いっぱいシフト増やすらしい」


――るなさん、マスターと二人っきりになって張り切ってるな。


そんなことを思っていると、凛々子が真顔で言った。


「るなさん、あの人使いが荒いマスターと二人きりってかわいそうやな。

まあ、これも、あたしの邪魔してたバチがあったのかもしれんな」


僕と澪は、顔を見合わせて、思わず噴き出した。


水音と笑い声が、調理室にやさしく響いた。




オスピタリテ編、終了しました。

ここまで読んで下さった方、感謝です。

明日から、新章に突入します。ご期待ください。

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