第三十四話 真実は一つ
部長室の空気は、いつもより少し張りつめていた。
鷹爪部長が、机の向こうから凛々子に尋ねる。
「美味が丘と同じ料理は、ありましたか?」
凛々子は、過去のレシピファイルをめくりながら答えた。
「あたしが味見した中では、なかったと思う」
部長は頷き、僕の方を向いた。
「そうですか、安太郎君は?」
「僕も……ありません」
あまり自信がなく、少し弱い声になってしまった。
凛々子が、ファイルから顔を上げて言った。
「でも、ロイヤル・ルージュチキンと鴨ローストの赤ワインソースは似てる。
けれど、素材が全然違う」
部長が身を乗り出す。
「どんなふうに?」
「あっちは鶏肉使ってる。ソースでそっくりに仕上げて、ごまかしてる感じ」
そうなのか……まったく気づかなかった。
部長は驚いたように目を見開いた。
「他にも、そんな料理はありますか?」
凛々子はページをめくる手を止めて、少し考える。
「なんちゃってホタテのカルパッチョと、帆立のカルパッチョ 柑橘ヴィネグレットかな。
ホタテかまぼこ使ってるけど、味はそっくりや。なんなら、あっちの方がコスパええし、うまい」
「そんなこと言わなくていいです」
春巻副部長が、咳払いしてたしなめる。
けれど凛々子は、意に介さず、澄ました顔で続けた。
「冷凍ミックスベリーのコンポーネントと、赤ワインとベリーのコンポート・バニラアイス添えも、まあまあ似てるかな」
あの短い期間で、そこまで見抜くなんて――凛々子って、やっぱりすごい。
***
「鴨ローストに帆立のカルパッチョとバニラアイス添えですか。
まるで、フランス料理のコースができそうなメニューだな」
鷹爪部長が、ため息交じりに言った。
春巻副部長が、レシピファイルをめくりながら尋ねる。
「土筆澪さんの他には、どんな人がいるの?」
「るなさんと、マスター。みんなで五人です」
「るなさんって?」
「アルバイトです。苺谷るなさん。たしか大学二年って言ってました」
凛々子が、少し眉を寄せて言った。
「その人、あたしが味見してると、いつも睨んでくるんや。
なんか、感づいてるのかもしれへん」
――凛々子、だからそれは、違うんだって。
春巻副部長が、書棚から過去の部員リストを取り出し、ぱらぱらと調べる。
「そのくらいの年齢の卒業生に、そんな名前の人はいませんね」
「マスターは、どんな方ですか?」
「三十歳くらいの人です。鷲尾ミツルさん」
「三十歳前後なら、十二、三年前くらいですか。後で探しておきます」
部長は、少し考えてから言った。
「お店の人じゃないのかもしれませんね」
「どういうことですか?」
「うちの部員の誰かが、レシピをこっそり渡しているとか……」
――えっ、そんなことあるの?
その言葉に、部屋の空気が一瞬止まった。
凛々子が、すっと立ち上がり、人差し指を額に当てる。
「いずれにせよ、真実は一つ!」
それ、たしかドラマで見たやつだ。
凛々子が、なんか変なモードに入ってる。完全に探偵気取りだ。
***
「やっぱり、偶然、似ているだけじゃないですか」
僕がそう言うと、部長は少し考えてから答えた。
「そうかもしれません。もっと、何か……料理の手順とかが分かると、もっとハッキリするのですが」
「手順ですか?」
僕が聞き返すと、部長は僕の方を見て言った。
「安太郎くん。その料理の手順を調べることはできますか?」
「……やってみます」
力なく、そう答えた。
せっかく仲良くなれた店のみんなを――疑わなきゃいけないなんて。
胸の奥が、じわりと重くなる。
オスピタリテのキッチン。
ロイヤル・ルージュチキンのオーダーが入る。
後ろめたさを感じながら、僕はマスターの料理を――バレないように、そっと見る。
たしかに、凛々子が言っていた通りだ。
使っているのは鴨肉じゃなくて、鶏肉。
手順は……美味が丘のレシピファイルと、そっくりだった。
火入れのタイミング、ソースの順番、付け合わせの大きさまで、まるで写し取ったかのように。
調味料の分量とかが分かれば、もっとハッキリする。
そう思って、僕はこっそり近づいた。
その瞬間――
マスターと、目が合った。
見つかってしまった。
心臓が破裂しそうだった。




