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第三十一話 バイト仲間は幽霊部員

オスピタリテの開店時間。さっそく、お客さんが入ってきた。


「あっ、マーちゃん、ヤマさん、いらっしゃい」


土筆(つくし)さん――澪が、元気いっぱいの声で迎える。

スカートをふわりと揺らしながら、笑顔で頭を下げた。


入ってきたのは、二人組の若い男性客。

常連らしく、澪の顔を見るなり手を振る。


僕たちに気づいた一人が、声をかけてきた。


「あれ、新人さん?」


カウンターの中から、鷲尾マスターが答える。


「今日は見学です」


澪は「マーちゃんたち、こっちこっち」と言って、奥のテーブルへ案内する。

動きに無駄がなく、声のトーンは優しく心地よい。


「今日は何にしますか~? 今日のミオピのおすすめは“夢いっぱいオムライス”です。 とろとろ卵に、特製デミグラスソースがかかっていて……」


「美味しそうだな、じゃあ、それと胸キュンオレンジソーダ」


「ヤマさんは?」


「萌えベジタブルポタージュのミオピスペシャル」


「まだ、調子悪いの? お腹。気をつけてね」


そう言って二人と会話を続ける。

そのやりとりも、店の空気にすっと溶け込んでいた。

誰も違和感を覚えることはなく、むしろ店の“らしさ”として受け入れられているようだった。




***




次の日。

僕と凛々子は、鷹爪部長への報告のため、部長室を訪れた。


「明日から、あの店でアルバイトすることになりました。」


「あたしはメイド、安太郎は見習いコックとして潜入調査や」


鷹爪部長は目を細め、口元に笑みを浮かべた。


「相変わらず大胆ですね。面白い展開じゃないですか」


凛々子は腕を組んで得意げにしていた。

その横で、春巻副部長が眉をひそめる。


「凛々子さんがメイドなんて、務まるわけがありません。

問題を起こして美味が丘の名を汚すようなことになったら大変です。すぐにやめてください」


「まあまあ。安太郎くんがついていますし、大丈夫でしょう」

鷹爪部長が、手を軽く振ってとりなす。


僕はふと思い出して言った。


「そういえば、先輩アルバイトに美味が丘の生徒がいました」


鷹爪部長の目が鋭くなる。


「名前は分かりますか?」


土筆つくしみおです」


その瞬間、鷹爪部長が春巻副部長に目配せした。

副部長は無言で立ち上がり、書棚から部員名簿を取り出した。

ページをめくりながら言う。


「ありました。今年の入部希望者の中にいます。入部試験で星なし判定されていますが、退部届は出ていません」


鷹爪部長が、名簿を覗き込みながらポツリと言った。


「……幽霊部員か」


部屋の空気が、少しだけ張り詰める。


――まさか、澪が、レシピ盗用に関係しているのか?


胸の内に、じわりと不安が広がった。




***




メイドカフェ「オスピタリテ」のアルバイト初日。

マスターが僕と凛々子を呼び、カウンターの奥から一人の女性を紹介した。


「こちら、苺谷いちごやるなさんです」


るなさんは、明るい茶髪をゆるく巻いたロングヘアに、苺のアクセサリーを揺らしていた。

制服は華やかにアレンジされ、彼女の個性が際立っていた。


「よろしくね~。新人ちゃんたち、かわいいじゃん」


軽い口調で笑いながら、僕たちを見回す。


マスターが続けて言う。


「こちらは安太郎くんと凛々子さん。バイトは初めてらしいから、いろいろ教えてあげてね」


「はーい、任せて。あたし、教えるの得意だから」


るなさんの名札には、苺のイラストと“るな”の文字。

見た目通り、分かりやすい。


そのとき、店のドアが開いた。

お客さんが入ってくる。


「凛々子、一緒に来て。座っているだけでいいから」


るなさんが凛々子の手を取るようにして、フロアへと連れていった。


僕は、マスターに促されてキッチンへ向かう。

調理台の上には、下ごしらえされた食材が並んでいた。


「これ、洗っといてくれる」


「はい」といって、下げられた食器を洗う。


「慣れてるね」


「まあ、毎日やってますから」


マスターは少し笑って、次の作業を指示しようとしたそのとき――


「フランス料理の店にワインが無いってどういうことだ!」


フロアから男の乾いた声が響いた。

お客さんのざわめきが聞こえる。


「いいから、出せよ! フランス料理にはワインだろ!!」


男の怒声に、マスターの表情が、さっと険しくなった。


「ちょっとごめん」


そう言って、キッチンを飛び出していった。

僕も後を追った。


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