第二十九話 バイト先はメイドカフェ
僕と凛々子は部長室に呼ばれた。
部長室に入ると、鷹爪部長が窓際に立っていた。
背筋を伸ばし、腕を組んだまま、僕たちを振り返る。
「少し、お願いしたいことがあります」
「なんですか、改まって」
「美味が丘のレシピとそっくりな料理を出している店がある、という匿名の告発が届きました。調べてもらえませんか」
思わず前のめりになる。
「うちの料理が真似されているんですか?」
鷹爪部長の目が鋭く光った。
「その可能性はあります。レシピは先輩たちが時間をかけ、創意工夫で作り上げたものです。それを無断で商売に使われるのは許せません」
凛々子が少し眉をひそめて尋ねる。
「それって、どんな店なん?」
部長は一枚のメモを机に置いた。
「詳細はここに書いてあります。ただ、まず君たちに行ってもらいたい理由を説明しておきますね」
僕は緊張しながら口を開いた。
「なぜ、僕たちなんですか?」
鷹爪部長は、凛々子を見て微笑む。
「凛々子くんなら、食べただけで調理方法が分かるでしょう。絶対味覚保持者の力を借りたいのです」
凛々子は鼻をふくらませ、得意げに笑った。
「それで……僕は何をすれば?」
その瞬間、春巻副部長がすっと口を挟む。
「凛々子さんの監視役です。ガサツな行動でトラブルになったら美味が丘の恥ですから」
凛々子がむっとして副部長を睨む。
けれど僕は、内心では凛々子と一緒に行けることをうれしく思っていた。
「誰がガサツやねん!」
――やれやれ、また始まった。
僕は半ばあきらめた顔で二人のやり取りを眺めた。
***
その日の放課後。
さっそく、鷹爪部長に渡されたメモを頼りに、目的の店へ向かった。
メイドカフェ『オスピタリテ』。
白い外壁のビルの一階。金色の文字で店名が描かれたドアプレートがかかっている。
どこかクラシカルで、格式を感じさせる佇まいだった。
ドアの前で立ち止まった凛々子が、僕の顔をちらりと見て言った。
「安太郎、メイドカフェって行ったことあるんか?」
「ないよ!」
僕は即座に否定した。声が少し大きくなってしまった。
凛々子は「そうかー」とだけ言って、特に興味もなさそうに店のドアに手をかける。
ドアベルが軽やかな音色を鳴らした。
「えっ、急すぎるだろ……」
そう思う間もなく、凛々子はドアを押し開けて中へ入っていった。僕も慌ててその後に続く。
カウンターと丸テーブルが五つ。照明は落ち着いていて、テーブルには白いクロスがかかっている。
壁にはアンティーク調の時計と、花の絵が飾られていた。
奥から、三十代くらいの男が現れる。
アニメに出てくる執事のような格好。見た目は少し怪しいのに、笑顔だけは妙に愛想が良い。
「連絡くれた人たちだね、これに名前と学校を書いてくれるかな」
男はそう言って、紙とペンを僕たちに差し出した。
――連絡?
僕は一瞬、身構えてしまった。
凛々子が紙を受け取りながら、首をかしげる。
「メイドカフェって、名前書かんと入れへんの?」
「えっ……そうだったっけ?」
僕は返事に詰まり、だんだん頭が混乱してきた。
***
「あの~、これって……?」
僕は紙を受け取りながら、恐る恐る尋ねた。
「アルバイトの契約書。うちは、そこんところはしっかりしてるから安心して。保護者の人にもよく読んでもらってね。ハンコは次でいいよ」
執事風の男はにこやかにそう言い、僕たちの反応を見てから、ふと名札を指さした。
「僕はこの店のマスター、鷲尾ミツル。よろしくね」
名札には鷲の顔を模したイラスト、その横にひらがなで『わしお』と書かれていた。
「えっ、いや僕たちはアルバイト希望じゃ――」
僕の言葉を遮って、凛々子が即答した。
「分かりました」
――えっ!
契約書を書き込む凛々子に向かって、鷲尾マスターが声をかける。
「えっと、今日はどうする?……ちょっと見ていく?」
「あっ、はい」
「じゃあ、僕は店の準備があるから。もうすぐ先輩スタッフが来るので、いろいろ教えてもらってね」
そう言って、鷲尾マスターは奥のキッチンへと消えていった。
僕は凛々子に向き直る。
「……凛々子、一体どういうつもり?」
凛々子は腕を組み、店内を見渡しながら言った。
「潜入調査開始や」
その目は真剣なのに、口元には楽しげな色が浮かんでいた。
「なんや、面白そうやない?」
凛々子はそう言って、にやりと笑った。
僕は、アルバイト契約書を持ったまま立ち尽くした。
まるで異世界に迷い込んだような気分だった。




