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第二十三話 勝ちたい理由、勝ちたくない理由

鷹爪部長は、出されたお茶を一口飲んだ後に、意味ありげに僕を見ながら言った。


「どうやら、雪月花の婿候補の座を賭けて料理勝負をすることになったそうだね」


その口調は穏やかだったが、どこか探るような響きがある。


凛々子が、すごい形相で僕を睨みつけてくる。

目だけで「何それ!?」と叫んでいるようだった。


――なんで知ってるの?


「そ、それは……その、ふりだけで……」


慌てて、言いかけた瞬間、宗一さんが咳払いをした。


「んんっ」


その音に、僕は反射的に口を塞いだ。


――危なかった。ばらしてしまうところだった。


場の空気が一瞬、静まり返る。


「うちの追い回しの栄介とやってもらうことになりました。

お題は……そやな、朝にお出しした湯葉の椀にでもしましょか」


大女将の声に、部長は少し考え込み、僕の方を見た。


「安太郎くんは、湯葉って料理したことあるんですか?」


僕は、力なく首を振った。


「ありません……食べるのも、今日が初めてです」


その瞬間、栄介が小声で呟く。


「湯葉が初めてって……それでも日本料理知ってんのかよ」


その言葉は、鋭く胸に刺さった。


部長が、少し困ったように言いかける。


「それなら、凛々子くんと一緒に──」


「うちが、手伝います」


琴乃さんが、その言葉を遮るように言った。

女将の笙子さんが、それを聞いて嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、凛々子くんは栄介さんを手伝ってください。それでいいですね、大女将さん」


部長がそう言った瞬間、栄介がすぐに拒絶した。


「俺は、手伝いなんかいらん」


「おだまりやす。お客様の前で」


大女将が静かに、しかし強い口調でたしなめる。


「その子が、前におっしゃってはった絶対味覚保持者ミラクルテイスターはんどすか?」


部長がうなずく。


そして栄介に向かって、「足手まといでしょうが、色々、勉強させてあげてください」と頭を下げた。


「それが嫌なら、勝負は無しや。よろしいな」


大女将が、きっぱりと言い放つ。


「わかりました。素人相手ではハンディキャップがあった方がちょうどええです」


栄介は、しぶしぶ従ったが、その眼には不満の色がにじんでいた。





***




「ところで、皆さんのお泊まり先は、決めてはりますか?」


部長と副部長が、顔を見合わす。


「僕は、母の実家に泊まることにします。近くなので」


「私はうちの系列のホテルに行きます。駅前のところです」


「えっと~、あたしは……」


凛々子の困った顔に、大女将がうなずき、中居さんを呼んだ。


「凛々子さんの部屋、用意したって」


「はい。凛々子さん、こちらへどうぞ」


中居さんはそう言って、凛々子を促す。

凛々子はホッとしたような顔で立ち上がり、中居さんの後ろに続く。


その背に、部長が声をかけた。


「しっかり勉強させてもらいなさいよ、凛々子くん」


凛々子が中居さんに連れられ、僕の横を通り過ぎるとき──

鋭い視線を突き刺しながら、低く言い放った。


「絶対、負かしてやる」


その一瞬、背筋がこわばる。

――胃が、きゅっと縮んだ。



***




広間を出るとき、僕はこっそり部長と副部長を呼び止め、自分の客間に招き入れた。

障子を閉め、膝をついて座る。


「……実は、いろいろありまして」


二人が静かにうなずくのを見て、僕はこれまでの経緯いきさつを話し始めた。


「そうだったのですか……変だと思いました。でも、大女将さんは感づいてるんじゃないですか?」


僕は息を呑んだ。

その目は、冗談を言っているようには見えない。


副部長も、静かにうなずいた。


「私もそう思います。あの方は鋭そうですから」


――バレているのかもしれない。


そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。


「とにかく、凛々子にも誤解されないように、こっそり話しておきます」


僕の言葉に、部長は静かに首を振る。


「凛々子くんには、内緒にしておきましょう」


「えっ……なぜですか?」


思わず聞き返すと、部長は口元をわずかに緩めて笑った。


「だって、その方が面白いじゃないですか」


副部長も、少し肩をすくめて言う。


「あの子は、うそをつき通せるほど器用じゃありませんから。私も、その方がいいと思います」


凛々子の、人を疑わないまっすぐな目が浮かぶ。

胸の奥に、じわりと罪悪感が広がった。

息が少し重くなる。


部長が真顔になり、僕の目をまっすぐ見据える。


「ところで、安太郎くん。この勝負――君は、勝ちたいのですか? それとも勝ちたくないのですか?」


不意の問いに、言葉が詰まった。

さっきまでは、琴乃さんのために勝ちたいと思っていた。

でも、僕が勝つということは、凛々子が負けるということだ。


――それでいいのか?


答えられないままでいると、部長は立ち上がった。


「いずれにしても、料理には真摯に向き合ってください。

これは、あのプロジェクトのミッションの続きでもあるんですから」


副部長も黙って立ち上がり、二人は障子を開けて出て行った。

残された客間には、静けさだけがぽつんと漂っていた。


――この勝負が、ミッション……?


もし勝てば、ミッションクリア。

だが、それは僕か凛々子、どちらか一人にしか許されない。


胸の奥に、言いようのない不安がじわりと広がった。


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