第十五話 たこパで仲直り
銀平が、調理室の扉から顔をのぞかせて声をかける。
「……凛々ちゃんが急に飛び出してきたけど、何かあった? 喧嘩でもした?」
僕は答えず、崩れたたこ焼きを見つめていた。
「まさか……本当に喧嘩?」
少しだけため息をつき、一連のやり取りを話す。
凛々子がたこ焼きをうまく焼けなくて、焦っていたこと。
僕が代わろうとして、ピックを取り上げたこと。
そして、凛々子が何も言わずに出ていったこと。
銀平はしばらく考え込んでいたが、言葉を選びながら口を開く。
「……それは、まずいわ。凛々ちゃんは、安太郎の役に立ちたかったんだと思うよ」
「僕の役に立ちたいって?」
「たぶん。いつも料理は安太郎ばかりに任せてるから、得意なたこ焼きだけは自分でやろうって思ってたんじゃないかな。
それなのに、その役も安太郎に取られちゃって……」
銀平の言葉が、じわじわと胸に染みてくる。
「それに、たこ焼きだけは負けないってプライドも傷ついたんだと思う。
あれで、結構、繊細な部分もあるからなあ」
――そんなことって。
銀平が僕の知らない凛々子を知っていると思うと、少し悔しかった。
「ちゃんと仲直りしろよ。でないと、また俺のアシスタントにスカウトしちゃうよ」
そう言って笑うと、銀平は調理室を出ていった。
僕は崩れたたこ焼きを口に運びながら、冷めかけた鉄板を見つめる。
鉄板の表面はまだかすかに熱を帯び、油の匂いが漂っていた。
たこ焼き器のスイッチを入れ直す。
生地を流し込み、タイミングを見てひっくり返す。
でも、うまくいかない。
生地が崩れて、丸くならない。
「……あれ?」
時間をかけて焼くと、すぐに焦げてしまう。
「そうか……やっぱり分量が違うんだ。だから、うまく出来なかったんだ。
それなのに、凛々子のせいみたいにして……」
――今頃、そんなことに気づくなんて。
鉄板の前で、静かに後悔した。
その日、凛々子は調理室に戻ってこなかった。
――明日、会ったら……どうやって謝ろう。
***
次の日。
昨日のことを確かめたくて、僕は凛々子より早く調理室に入った。
たこ焼き器のスイッチを入れて、生地を準備する。
しばらくして、凛々子が入ってきた。
僕の顔を見て、何か言いたそうに口を開きかける。
「……安太郎、昨日は……」
「座って。たこ焼き、焼いてみて」
「……え?」
「いいから。早く、早く」
凛々子は、戸惑いながら、たこ焼き器の前に座る。
生地を流し込んで、タイミングを見て、ピックでくるっと返す。
ジュッ……と、油の弾ける音と香ばしい匂いが広がる。
「……できた」
まん丸のたこ焼きを見て、凛々子の顔が少しだけ明るくなる。
「この生地、ネットで調べた作り方でやったんだ。“幻のレシピ”は、やっぱり間違ってるんだよ」
凛々子の横に座って、静かに言った。
「昨日は、それに気づかずに……ごめん」
凛々子はしばらく黙っていたが、たこ焼きをひとつつまんで口に運ぶ。
「……うん。うまい」
その一言に僕はほっとした。
***
凛々子は、たこ焼きをもう一つ食べ終えると、急に立ち上がった。
「ちょっと待ってて」
そう言って、調理室の奥にある食材庫へ向かう。
しばらくして、両手いっぱいに食材を抱えて戻ってきた。
「……それ、何?」
「エビ、チーズ、コーン、チョコ、バナナ、マシュマロ。あと、ウインナーもあったわ」
「えっ、何する気?」
「たこパやるで!」
凛々子が、ニヤリと笑う。
「たこ焼きの具は、『たこ』じゃなくてもええんや。今日は、変わり種でいく!」
驚いている僕に、凛々子は指先でピックをくるくる回しながら言った。
「黙って見とき」
そう言って、たこの代わりに次々と具材を入れていく。
甘い匂いのするもの、塩気のあるもの、色とりどりの具材が鉄板の上で踊る。
チョコとチーズ。
バナナとコーン。
マシュマロにウインナー。
「できた。食べてみ」
僕は、恐る恐る一つを口に運んだ。
――あれ? 意外と、うまい。
甘さと塩気が口の中で不思議に混ざり合い、食感も楽しい。
何が入っているのか分からないワクワク感もあって、ちょっとしたゲームみたいだ。
「これ、最高やろー!」
凛々子が、得意げに胸を張る。
僕は、思わず笑ってしまった。
「うん。美味しい。それに楽しい!」
「よっしゃ、あたしも食べるでー」
昨日の気まずい空気は、すっかり消えていた。




