第十四話 へこんだたこ焼き
調理室で、僕と凛々子は幻のレシピの再現に挑んでいた。
「……無理やろ、これ」
凛々子がレシピファイルを睨みながら、頭を抱える。
僕も隣で同じように頭を抱えた。
小麦粉とタコの分量は、シミでまったく読めない。
かろうじて判別できる卵の個数と、だし汁の量は──どう考えてもおかしい。
卵は十個。だし汁は三リットル。
この比率、もはやたこ焼きじゃなくて茶碗蒸しかスープだ。
「卵、十個って……どんだけ作らせる気なんや」
「だし汁、三リットル……スープか?」
そもそも、これで何人分になるのかも怪しい。
まるで、謎解きパズルだ。
そこへ、ひょいと銀平が顔を出した。
「今度は学園祭の模擬店のメニューに取り組んでるって聞いたけど、調子はどう?」
「……見ての通り、混乱中」
銀平がファイルを覗き込む。
「たこ焼きって、意外だな」
「なんで?」
「毎年、高級食材を使ったメニューが多いらしいよ。去年はキャビアのラスクだったって」
「キャビアのラスク?」
思わず声が裏返る。
塩気と宝石みたいな粒が乗ったラスク――学園祭には、似合わない場違い感。
「そんな高級品、誰が食べるの?」
「ここの生徒、けっこうお金持ち多いからね。それに、部長のところ──鷹爪フーズが支援してるから、赤字でも構わないんだ」
――なるほど。ここの模擬店って、そういう世界だったのか。
「手伝ってくれへんの?」
凛々子が聞くと、銀平は苦笑いした。
「ごめん。次のコンテストの準備で忙しくて。あれ以来、かなり自由にアレンジしたスイーツを作らせてもらえるようになったんだ」
「そっか……」
「じゃあ、二人も頑張って」
銀平は軽く手を振って去っていった。
残された僕たちは、再びレシピファイルを見つめる。
――この謎、どうやって解く?
***
次の日。
「レシピばっかり眺めてても始まらへん。とりあえず作ってみよ」
「作るって、道具は?」
「じゃーん!」
凛々子が、自慢げにカバンから取り出したのは──たこ焼き器だった。
「……持ってきたのか、それ」
「当たり前やん。大阪人なら一家に一台、必ずあるもんやで」
誇らしげに胸を張る凛々子。
「じゃあ、やっぱり主食なん?」
僕が冗談半分で聞くと、凛々子は即座に首を振った。
「ちゃうちゃう。おかずや。たこ焼きとお好み焼きは、大阪では──お・か・ず!」
「おかず……?」
「せやで。白ごはんと一緒に食べるんや。普通に晩ごはんに出てくるし」
僕は、湯気の立つ白ごはんの横に、山盛りのたこ焼きが並ぶ食卓を想像してみた。
――炭水化物×炭水化物……ちょっと、胃が重くなりそうだ。
「さあ、焼くでー!」
凛々子が、たこ焼き器に油をひきながら張り切り始めた。
「たこ焼きだけは、安太郎より上手いで。ちっちゃいときから焼いてるんやからな!」
少し興奮気味に、生地を流し込み、手首を小刻みに返しながら丸く形を整えていく。
その動きは、迷いがなく、まるで熟練の職人のようだった。
「……なんか、急に頼もしいな」
「ふふん。見ときや。これが大阪の魂や!」
ジュウゥゥ……と、鉄板の上で生地が焼ける音が、調理室いっぱいに広がった。
***
「よし、そろそろひっくり返すで」
凛々子が、ピックを手にしてたこ焼きに挑む。
でも──うまくいかない。
生地がべちゃっと流れ出し、鉄板の上にじゅっと音を立てて広がった。
丸くなるはずの形は、ぐにゃりとくずれていく。
「……あれ?」
もう一度、タイミングを変えてみる。
今度は少し長めに焼いてから返そうとした。
しかし、表面だけがじりじりと焦げ、香ばしい匂いと一緒に黒い斑点が広がっていく。
「うそ……なんで?」
凛々子の眉間にしわが寄り、唇がきゅっと結ばれる。
「普通のタイミングでやるとべちゃべちゃになるし……固めに焼いたら焦げるし……」
ピックを握る手が、かすかに震えていた。
「代わろうか?」
僕が声をかけると、凛々子はすぐに首を振った。
「……自分でやる」
その声は、いつもより少し尖っていた。
めずらしく、イライラしている。
「やっぱり、代わるよ。料理は僕に任せて。料理は僕の担当だから」
そっと凛々子の手からピックを取り上げる。
その瞬間、彼女の肩がわずかに揺れた。
しばらく黙って僕の背中を見ていた凛々子は、「くっ……」と悔しそうに声を漏らし、小走りで調理室を出て行ってしまった。
――どうして、そんなにこだわるんだろう。
目の前のへこんだたこ焼きよりも、僕は凛々子の背中の方が気になっていた。




