第十三話 読めないレシピ
料理部の部長室。
僕は、凛々子の横で――まさに“彼氏を紹介される男友達”の気分で立っていた。
「……バレてしまったのですか」
「はい。せやから、いっそのこと連れてきました。部長よりは、役に立ちそうなんで」
凛々子は、まるで悪びれる様子もなく、さらっと言い放つ。
――あれ? 彼氏紹介じゃない?
戸惑いと同時に、胸の奥がふっと軽くなる。
鷹爪部長が、軽く咳払いして続けた。
「まあ、いいでしょう。二人は料理のパートナーですからね。協力して進めてください」
――パートナー、か。……なんかいい響きだ!
つい、口元が緩んでしまう。
「なにニヤついてんの? 安太郎」
「いや、なんでもない」
慌てて口を引き締めたけど、心の中ではまだ、ちょっとだけ、にやけてた。
「ところで、涼音くん、君もいるのは、どういうわけですか?」
「……安太郎さんに相談されて、部長と凛々子さんの噂について……。部員の相談に乗るのも、副部長の役目ですから」
――あれ? それって、僕のせい……?
副部長のほうを見ると、案の定、鋭い視線が飛んできた。
「余計なこと言うなよ」と言わんばかりの目。
僕は、口をつぐむ。
――でも、知りたかったのも事実だし。まあ、いいか。
そこへ、副部長が少し声を上ずらせて言った。
「もちろん、部長が、こんなガサツな小娘と付き合ってるなんて噂、信じていませんでしたけど」
部長が、やれやれといった表情で副部長を見る。
副部長は、バツが悪そうに頬を赤らめ、目をそらした。
――この人は、部長のことになると冷静さを失う。やっぱり、副部長も、片思い中なのか。
そう思ったら、いつも完璧で隙のない副部長が、ほんの少しだけ身近に感じられた。
***
「それで……部長と凛々子さんは、何をしていたんですか?」
気を取り直して副部長が尋ねた。
「今年の学園祭の模擬店で、あの幻のレシピの再現をしたくてね。凛々子くんに手伝ってもらってたんだ」
凛々子は、僕の方を向いて、ペロッと舌を出して笑った。
――なんだ、そういうことだったのか。
部長の言葉を聞いて、胸の奥のもやもやがすっと晴れた。
そんな僕の隣で、副部長が言葉を続けた。
「……あの、歴代最高を叩き出したって噂のレシピですか?でも、それなら私に相談してくれればよかったのに」
その声は、ほんの少しだけ残念そうだった。
「涼音くんは、忙しいだろう。一番ヒマそうなのが凛々子くんだった」
――確かに。皿洗いだって、ほとんど僕がやってるし。
「それに……星一つに相談してるなんて知られたら、ちょっとサマにならないだろう。だから、内緒にしてたんだ」
「ちゃんと言ってくれれば、どんなに忙しくても協力しますわ」
副部長は、唇をかみながら、少しだけ目を伏せた。
***
「実は……凛々子くんに頼んだ理由が、もう一つあるんだ。これが、そのレシピらしいんだけど、全然、謎でね」
そう言って、部長は机の奥から一冊の古びたファイルを取り出し、副部長に手渡した。
「たこ焼き? 幻のレシピって……」
ページを開いた副部長の目が、わずかに見開かれる。
「そうなんだ、凛々子くんにピッタリだと思わないかい」
「たこ焼きといえば、大阪人の主食。確かに、これならハイソな私がやるより、庶民の凛々子さんにピッタリね」
凛々子の眉がぴくりと動くのを、僕は見逃さなかった。
ページをめくるにつれて、副部長の眉間にしわが寄っていく。
「何これ? 分量も手順も雑すぎるし、ところどころシミで読めないじゃない。さすが凛々子さんと同じ大阪人ね、仕事がひどすぎるわ」
あきれ顔の副部長に、凛々子が目を細めて毒づく。
「それ、大阪に来て言ってみろ。簀巻きにされて大阪湾に沈むぞ!」
僕は慌てて凛々子の口を押さえた。
「しっ、怒られちゃうよ……」
凛々子はふん、と鼻を鳴らし、腕を組む。
「まあまあ」と言って、部長が二人の間に割って入る。
「この謎が解ければ、模擬店のプロデュースを涼音くんに任そうって思っていたんだ」
「そういうことなら仕方ありませんね。プロデュースなんて、このガサツな凛々子さんには荷が重いでしょうから」
――いつの間にか、いつもの副部長に戻ってる。
副部長は、どこか楽しげに口元を緩めた。




