第十一話 ご褒美は海鮮詰め合わせ
大会が終わり、僕たちは調理台の片付けをしていた。狭山茶の香りがまだほんのり残っている。
そのとき、背後から声が飛んだ。
「銀平」
「……親父? なんでここに?」
銀平の父親は、ひと息ついて笑った。
「そこの凛々子さんから連絡もらってな。『銀平が男、見せるから見に来い』って」
「連絡って……どうやって?」
銀平が不思議がって聞くと、凛々子が涼しい顔で答えた。
「紅鮭の箱に書いてあった、送り主の連絡先」
銀平の父親は目を細め、ぽつりと言った。
「大会に出るって聞いたとき、最初は反対だった――縄で縛ってでも連れて帰るつもりだった。でも、お前の真剣な顔を見て、考え変わったよ」
銀平は黙ってうなずいた。父親の言葉がじわりと染みているみたいだ。
「……いい友達もできたみたいだな」
僕は、その言葉に、胸の奥が少し熱くなった。
――銀平、お父さんが分かってくれたみたいで良かったな。
でも、凛々子が、お父さんとのことでそこまでするなんて……感動と安心、そして、わずかな嫉妬――そんな複雑な気持ちが胸に広がった。
***
銀平の父親は腕時計に目をやると、「じゃあ行くわ」と言い残し、銀平に背を向けた。
「東京で知り合いを待たせてるんでな。お前も頑張れ」
背中越しの声に、銀平は「……ああ」と短く応じた。
数歩進んだところで、父親はふいに足を止め、振り返る。
「ああ、それで、凛々子さん」
「はい?」
「北海道の海鮮詰め合わせ、帰ったらすぐ送るから。来週には届くと思うで」
慌てて、凛々子が口元に指をあてて、「しーっ」というポーズをする。
「海鮮詰め合わせって……?」
銀平が怪訝そうに問い返した。
「凛々子さんと勝負しててな。もし賞でもとったら、海鮮詰め合わせ送るって話になってた」
僕と銀平は、同時に凛々子の方を見る。
問い詰めるような視線を向けると、凛々子はあっさりと観念したようだった。
「えへへっ」と、舌をちょろりと出して笑う。
その仕草に、思わず力が抜ける。
――まったく……やっぱり食べ物目当てだったか。
だけどその瞬間、僕の胸の奥でじんわりと湧き上がったのは、ガッカリよりも少しだけあたたかい安心感だった。
――なんだかんだで、やっぱり凛々子らしい。
***
次の日、僕たち三人は、部長室に呼び出される。
「あなたたちね、レシピを無視した料理なんて、前代未聞です! 全員、今すぐ退部届を出しなさい!」
「まあまあ、涼音くん。審査員特別賞もいただいたことだし、いいじゃないか。失格になったわけじゃないんだしさ」
鷹爪部長が春巻副部長をなだめてくれる。
「で、何でテリーヌだったの?」
銀平が目を輝かせて「同じ材料でできましたから」と答える。
「銀平のテリーヌ、あのレシピのよりずっとおいしかったで。三ツ星って、案外たいしたことないんやな」
「ちょっと、凛々子、失礼だよ」
僕は、部長が怒り出さないか冷や冷やした。
「試してみたくなってね」
「試すって、何をですか?」
「君たちが、どうするのか」
「どうアレンジするかってことですか?」
「まあね。けれど、全然、違うものを作るなんて、予想もできなかったけど」
部長は、そう言って笑った。
春巻副部長は、まだ、眉間にシワを寄せて怒っている。
「それにしても、キメポーズまでして盛り上げる必要ありますか!」
「でも、あれ……僕は好きだなー」
部長はそう言って、両腕を広げ、ステップを踏みながら真似し始めた。
凛々子がぱっと立ち上がる。
「ちゃうちゃう! そうじゃなくて、こっちや」
彼女が両手をくるりと回してポーズを決めようとした瞬間————
「やらなくても結構です!」
春巻副部長がピシャリと言い放ち、全員の動きが止まった。
「まったく……部長は甘いんだから……特別賞がなかったらどうなっていたか。」
しぶしぶOKの仕草で腕を組む副部長。
凛々子は、ちょこんと頭を傾けて副部長の顔を覗き込む。
「それで、副部長……星、もらえます?」
「あるわけないでしょう! そんなもの」
雷が再び部室に響き渡った。
部室に笑いと叱責が混ざる午後。
でも、どこかその空気は、いつもよりずっとあたたかかった。




