第十話 狭山茶テリーヌで決める
審査員たちが、ゆっくりと各チームの調理台を回りながら、提出されたレシピと完成したスイーツを照らし合わせて、順番に試食を進めていく。
横浜精華高校のブースに差し掛かった瞬間、審査員の顔がぱっと華やいだ。
「この食感……タルト生地が、まるで絹のようですね」
「浜なしの甘みと酸味が、ベルガモットに見事に溶け込んでいる。非の打ちどころがありません」
審査員たちは、次々と称賛の言葉を贈る。
香月シフォンは、その横で腕を組みながら微笑み、どうだと言わんばかりに僕たちへ視線を投げてきた。
僕たちの番がやってくる。
レシピシートと、実際に並べられたスイーツを見比べた審査員が首をひねる。
「……レシピと、違いますね」
凛々子は、何も気にしていないような顔で言った。
「今日は、テリーヌの気分やったんです。でも、材料はレシピと同じです。狭山茶とチョコクリームの組み合わせ、ですから」
調理台に並べられたのは、銀平オリジナルの“狭山茶テリーヌ・ド・ショコラ”。
深い緑と艶のある断面、ほんのり茶香が漂っている。
一人の審査員が首を振って言った。
「失格ですね。レギュレーションに反しています。……次、行きましょうか」
だが、別の審査員――中央でひときわ貫禄のある人物が、手を挙げた。
「ちょっとお待ちを。折角、作って頂いたのです。見た目も目を引きますし、食べてみないというのは、もったいないでしょう」
彼がナイフで一切れをすくい上げると、他の審査員たちも無言のまま従った。
一口、口に運んだ途端――その場の空気が、すっと静まり返った。
そして、次々と漏れる声。
「……これは」
「いい香り。口どけが、驚くほどなめらか」
「甘さが控えめで、狭山茶の渋みと苦みがじわっと広がって……これは、計算された仕上がりです」
評価の言葉が重なるにつれ、銀平が無言で鼻を鳴らした。
その場に立っていた僕は、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。
***
会場の照明が落ちる。
次々と審査結果の発表が行われ、受賞チームがスポットライトに照らされる。
そのたびに、歓声と落胆の声が入り混じる。
「最後に、今回の優勝チームは……横浜精華高校スイーツ研究会です!」
司会者の声が響き渡り、会場の隅々から拍手が巻き起こる。
まばゆい光の中で、凛とした制服姿の精華チームがステージに登ると、香月シフォンは満面の笑みで手を振った。
僕たちの名前は呼ばれなかった。でも、銀平は満足そうな顔をしている。
「俺たちは精いっぱいやった。狭山茶テリーヌ、出し切ったからな。それで充分や」
僕も、小さくうなずいた。
悔しさというより、不思議なほど満ち足りた気持ちが胸に広がっていた。
再び、会場の照明が落ちた。
ステージ上の司会者が再びマイクを手に取った。
「なお、今回の大会では審査委員特別賞を設けました」
一瞬、会場がざわめいた。
「特別賞は……美味が丘学園・シルバーリリアンズ!」
信じられない。耳に入った瞬間、僕の体はびくりと震えた。銀平も、目を見開いていた。
僕たちにスポットライトが当たる。
凛々子は、まるで当然のことのように、スッとステージに向かう。
僕たちも、その背を追った。
ステージの中央に立った凛々子が、ひと呼吸おいて、前を向いた。
「シルバーリリアンズ―ー参上!」
高らかに叫ぶと、両手を広げ、くるりと回ってからキメのポーズを取る。
――えっ、今っ……ここで!?
銀平と僕は一瞬目を合わせたあと、つられて僕らも変身ポーズを決めた。
会場は、一瞬凍りついたように静まり返った。
それから、爆笑と大喝采。
「何あれっ、最高!」
「あいつら何者!?」
「ポーズまであるの!?」
あちこちで笑い声と歓声が飛び交う。
拍手の音は、さっきの横浜精華よりもずっと大きかった。
それは、横で歯を噛みしめている香月シフォンの顔からもはっきりと伝わってきた。
僕たち“シルバーリリアンズ”は、この瞬間、本当に物語の主人公になった気がした。