第一話 朝定食の少女
第一話 朝定食の少女
朝七時。大衆食堂『炊屋』は、今日も常連さんと出勤前のサラリーマンでちょっとした賑わいを見せていた。
味噌汁の湯気、焼き魚の香ばしい匂い。いかにも“町の食堂”らしい風景の中に、明らかに場違いな存在が一人。
制服姿の女子高生――六味凛々子。
セーラー服から伸びるしなやかな手足、箸を持つ白い指。
さらさらの髪を後ろでゆるく束ねただけなのに、居合わせた客が思わず二度見してスマホを取り落とすほどの美少女だった。
だが、彼女の食べっぷりはというと――その容姿に似合わず、実に豪快で楽しげ。
白米を頬張り、味噌汁をずずっと飲み干し、焼き魚を綺麗に骨だけ残して平らげる。
見惚れるほどの所作なのに、勢いがあって気持ちがいい。
出された朝定食をあっという間に完食してしまった。
「ごちそうさん。やっぱこの店のご飯、埼玉で一番やな」
「凛々ちゃんは、今日もいい食べっぷりだね」
常連のおじさんが声をかける。
「当たり前や。食は生きるための基本やで!」
「そりゃそうだけど……女子高生ってもんは、もっとこう、エレガントにだな……」
「あははっ! 女子高生がみんなお上品にモーニングティー飲んでる思てんのか。そんなもん、中年オヤジの幻想やで」
明るく笑って、食器を返却口に戻す。
その姿は美少女でありながら、どこか豪快で頼もしい。
僕が中学のときに大阪から転校してきて、今は同じ高校に通う同級生。
そして――僕の片思いの相手でもある。
ほんと、朝から全開だ。
セーラー服姿のままで、朝っぱらから大衆食堂のオヤジたちを手玉に取る女子高生なんて、全国探してもそうはいないだろう。
でも僕は、その豪快さに惚れたのかもしれない。
――いや、やっぱり顔にも惚れてる。
***
「お待たせ。行こか、安太郎」
そう言われて、僕はエプロンを外し、カバンに荷物を詰め込んだ。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「遅刻すんなよー!」
店を出る瞬間、凛々子は振り返り、厨房に声を掛ける。
「そや、おっちゃん。サケ、魚丸屋からスーパーこのみに変えたやろ? まあ、それはそれで旨かったけどな!」
「わしが料理すりゃ、何でも旨くなるんだよ」
カウンター奥から親父の声が響く。
「でも、よく分かったな」
母がニコニコしながら答える。
「当たり前でしょ。あの子、一度食べたものは絶対に忘れない、絶対味覚保持者なんだから」
――絶対味覚。
そう。彼女は一度食べた料理の味を決して忘れない、絶対味覚保持者。
それなのに料理はからっきしダメで、包丁を握らせると食材が泣くほど不器用だ。
そういう僕は、炊屋安太郎。
美味が丘学園調理コースの新入生で、実家の食堂仕込みの調理技術には自信がある。
けれど――致命的に味音痴。
自分の料理が旨いかどうか、さっぱり分からない。
小さいころからの習慣で手は勝手に動くけど、舌がついてこない。
だからこそ、隣に凛々子がいるだけで僕の料理は完成する。
――それが、彼女に惹かれてしまうもう一つの理由だ。
「安太郎、今日の料理部の入部試験、準備ちゃんとしてるか? 自分の調理セット忘れたらあかんで」
「うん、さっきカバンに入れた」
「あっ、バス来てる! 走るで、安太郎!」
そう言って駆け出す凛々子を、僕は慌てて追いかけた。
「あたしらなら絶対、星三つ取れるから! ついて来いよ、安太郎!」
――その「星三つ」とは、料理部で最高の評価を示す特別な称号だった。
やっと新作を始めることが出来ました。よろしくお願いします。