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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

老いらくの恋にはまだ早い

作者: ぶる

Xのある企画用に書いたものです。おっさんだって恋をする。

 恋ってのはいいもんだよな。

その人の顔を見ただけで嬉しくて、一緒にいると美味いはずの酒の味もわかんなくなってさ。いくら飲んでも酔えなかったり……帰したくない、なんて思ったり。


 お互いの勤務先の中間地点にある繁華街の小さな居酒屋で、俺は旧知の仲である大学時代の先輩と飲んでいた。魚料理が美味いこの店を先輩が気に入って、この一年ほどはここで落ち合うが多かったけど、互いに繁忙期だったため会うのは二ヶ月ぶりだった。

「孝治、お前いくつになったんだっけ?」

「……もう酔ってんの?おんなじ大学だったっしょ?先輩の二つ下!」

「んじゃお前もう四十七!?」

「なに当たり前のこと言ってんの、俺早生まれだからまだ四十六だけどね」

「早生まれとか久々に聞いた〜どっちにしろ俺もお前もおっさんだわ!ガハハッ」

 カウンター席の隣で豪快にジョッキを空けながら、いやぁ歳を取るはずだなぁなんて肩をバンバンと叩かれた。親戚のおっさんか。

「先輩!ネクタイ醤油に浸かってる」

「うわ、やっちまった……取ってくれ」

 俺の方に体を向け、ん、顎を上げてくる。なんだよ、このおっさん。

「……しょうがないな」

 おしぼりで拭いて、ネクタイを解いてやった。指の背で喉ぼとけにそっと触れたけど、気づかれてませんように。我ながら童貞じみていてキモいし、カウンター越しに感じる大将の視線も痛い。

「大将、生中おかわり!」

 大声で誤魔化したけど、おっさんのゲイ出入り禁止!なんて言われませんように。


 この数年は会うたびに考える。

 俺は一体このひとのどこが好きなんだろう。不躾で、無神経で、忘れっぽくて、やたら距離が近くて思わせぶりで、髪にも髭にも白いものがちらほら混ざり始めているのに、笑うとちょっと可愛くて。酔うと甘えん坊になるところが……なんだ、全部好きかよ。


 ずっと好きだったってわけじゃない。

 正直、出会ってすぐいいなって思った。でもこのひとには彼女がいたし、おっぱい大好きって公言してたし。別れたと思ったらすぐ別の彼女が出来て、また別れて、また次の彼女が出来て……女が切れることはなかった気がする。

 でも、いつも長続きしてなかった。


 出会ってから二年が過ぎた頃、お前なんで彼女作らねぇの?って訊かれて、引かれるのを覚悟でカムアウトした。

「そうなの?ふーん」

 あっさりそう言った。

 引かないの?って聞いた俺に、俺は女がめちゃくちゃ好きで、お前は男がめちゃくちゃ好きってだけだろ?変わんねぇじゃん、ってガハハッと笑い飛ばしてくれた。

 お互い社会人になって会う頻度こそ減ったものの、関係が途切れることはなかった。劇的に何かがあったわけでもないけど。


『好きなら好きでいいじゃねぇかよ、男だろうが女だろうがさ』

『俺とお前がつるむのにゲイだとかストレートだとか関係ある?』


 がさつなこのひとの口から時折りこぼれ出るそんな言葉が嬉しくて。

 きっと、些細なことの積み重ねがたくさんあって、いよいよ先輩も不惑の年っすね、なんて四十歳の誕生日を祝う頃には、ずっと独り身でいてくれることが嬉しいと思うようになっていた。

 自分で言うのもなんだけど、俺はそういう界隈ではモテる方だ。決まった相手がいたことももちろんあるし、若い時はそれなりに遊んだ。狙った相手を落とせなかったことなどなかった俺が、ここ数年はずーっとこのひと一人に攻めあぐねている。お持ち帰りは得意だったはずなのにな。

 俺、今までどうやって口説いてたんだっけ。


 出会ってからもう三十年近く経つ。恋を自覚してからもそろそろ十年。それなのに、大学時代の先輩と後輩、月に一度か二度、二人で酒を呑むだけの関係から一歩も先に進めないでいる。

 隣で赤く色づくうなじに、笑った時の目尻の皺に、白髪混じりの短い髪に、特別な意味で触れたいと、ずっと思っているのに。


『人生は一度きりだぜ?』

 このひとの過去の言葉が頭に浮かんだ。アラフィフにもなって、俺は好きな男を口説く度胸もないのか。


 中間管理職も楽じゃねぇよな、なんて話をしながら、ビールが日本酒へと変わってからもだらだらと呑んだ。酒が弱い人ではないけど、今日はずいぶんとペースが早い気がする。

「飲み過ぎじゃない?大丈夫?」

「ん、だいじょぶ……」

「そろそろお開きにしようか」

「や、まだ、その……」

「なに?」

 長い付き合いだけど、もごもごと言いよどむ姿は初めて見た気がする。

「あのさ……」

「うん」

「……孝治」

「……うん」

なんだろう、まさか、どっか病気でも見つかった?それとも、まさか……まさか結婚するとか言わないよな。

 小さく手招きされるまま顔を寄せると、先輩であり友人であり、長年の想い人である彼は俺の耳にこう囁いた。


「お前さぁ、いつ俺に好きって言うの?」


「……………………はぁぁっ!?」

「バカ!声がデカい」

「なんて!?」

「だからぁ!俺にいつ好きって言うんだって!!」

「聞こえてるって!声がデカい!」

 週の真ん中ど平日、狭い店内のカウンター席には幸いにも客は俺たち二人だけだった。後ろのテーブル席の客はすっかり出来上がってて俺たちの会話は聞こえてないみたいだけど、このひと、急になにぶっ込んでくれてんだ。大将、手止めてこっち見ないで。お願い、出禁にしないで、このひとこの店気に入ってるから。

「え、もしかしてずっと言わないつもり?俺もう来年五十だぞ?最近勃ち悪りぃし、のんびりしてっとそのうち使いもんにならなくなっちまっ……もがっ」

「……お願いだから一回黙って」

片手で肩を抱いてもう片方で口を塞いだ。こんなふうに触りたかったわけじゃ無いんだよ。デリカシー無さすぎだろ!?そういう人だって知ってたけど、知ってたけど!


「はぁ………勃たなくたって、俺が相手だったら問題ないから」

「ん?どういう意味?」


 その時、お客さんお客さん、とカウンターの向こうから大将が俺を呼んだ。

「二本向こうの通りにある〇〇ってラブホは男同士でもオッケーだから」

「……へ?」

 間抜けな声を出す俺を尻目に、大将は奥の焼き場でほっけを焼いてる厳つい男に向かって、なぁ?と声をかけた。男はその声に振り向いて、俺にパチン!とウインクを寄越した。

あ、そういうこと。


「なに?今の?ねぇ?」

「尚之さん、好き」

「え、雑過ぎねぇ?」

文句を言いながらも隣のおっさんは頬を染めている。きっと酒のせいだけではないだろう。

「行こう」

何処に?と問う彼の手を取って、ラブホ街へ向かうべく店を出た。


「毎度ぉ!」

背後から大将たちの威勢のいい声が聞こえた。



人生は一度きり。

そりゃそうだ、モタモタしてたら勃つもんも勃たなくなっちまう。

命短し恋せよおっさん。

ヤリチンと呼ばれた過去の栄光に恥じぬよう、今夜、俺は惚れた男をお持ち帰りする。

まだまだ当分枯れるつもりはないけど、これが最後の恋になればいいと願いつつ。



追記

翌日、先輩であり友人であり長年の想い人であった俺の現恋人は有給を取る羽目になりました。

ごめん尚之、愛してるよ。

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