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初恋は不思議な形で実を結ぶ。

作者: ありま氷炎

「えっと、ここは?僕は誰?」


 目を覚ました少年の最初の一声はそれだった。

 体育の授業でサッカーをしていて、ボールを蹴ろうとして転倒。病院に運ばれた。

 体の隅々まで検査したが異常なし。

 一時的な記憶喪失と診断され、定期的に診察をうけることを条件に退院することになった。

 少年の名は、葱野ねぎの洋太ようた

 悠衣子の幼馴染である。


「洋太。本当に何にも覚えていないの?」

「うん」


 ベッドの上で目をぱちぱちと瞬きしながら答えたのは洋太だ。

 洋太が病院に運ばれたと聞いて病院に会いにいったが、寝ている洋太としか対面できなかった。

 彼の両親に諭され、家に戻った翌日、洋太が目を覚ましたと聞いて、病院へ飛んでいこうとしたが、止めたのは両親。

 洋太と再会したのは退院して戻ってきた夕方だった。

 彼の大きな瞳を眼鏡越しでなく直接に眺め、悠衣子は可愛いと心の中で悶えてしまった。

 悠衣子は小さい時から洋太のことが大好きだった。

 悠衣子の陰に隠れ、保護対象のような彼に恋心が芽生えたのはいつだろうか。

 悠衣子はその時期をはっきり自覚していなかった。

 雨に降られ、相合傘をしたときに傘を持ってもらった時だろうか?あの時、彼女ははっきり彼の身長が彼女を越えたことを自覚した。

 それとも、後ろから呼びかけられた時に、彼の声が低くなった時を意識した時だろうか。

 男らしくなっても、彼の大きな瞳は変わらず、眼鏡の奥に隠されたその瞳を見る度に、悠衣子はドキドキした。

 今日の洋太は病み上がりのためか、ベッドの上で眼鏡をはずして座っている。

 なのでその可愛らしい瞳を直に拝むことになり、悠衣子の胸はドキドキしっぱなしだ。

 もう一つ、胸を高鳴らせる要素がある。

 それは、洋太の態度だ。

 中学生になり、可愛らしい洋太はなりをひそめ、男らしく振る舞うようになった。悠衣子にも悪態をつくことがあった。

 しかし今の洋太はどうだろう。

 子供の頃に戻ったように素直で可愛らしい笑顔を浮かべている。

 問題は記憶がないというところだが……。


「でも、悠衣子ちゃんのことはちょっと覚えている気がする」

「え?本当?!」


 記憶喪失で言葉使いも戻るのか、仲が良かったあの頃の口調でそんなこと言われて、悠衣子は過呼吸に陥りそうになる。


「大丈夫?悠衣子ちゃん」

「うん。大丈夫!洋太。私に任せておいて。記憶がない洋太をフォローするから。明日から一緒に登校しようね!」

「うん。よろしく」


 洋太の笑顔炸裂。

 可愛い。

 悠衣子は悶えすぎて、気絶寸前だった。



「おはよう。悠衣子」

「おはよう。桃花」


 洋太と悠衣子は幼馴染で同じ高校に通っている

 しかしクラスは別で、洋太を教室に送った後、悠衣子は自分の教室にへやってきた。待ち構えていたのは友達の桃花だ。


「一緒に登校してきたの?」

「うん」


 一緒に登校したのは中学二年生ぶりだと、悠衣子は顔を綻ばせる。


「記憶失っているのに、あんたは嬉しそうね」

「そんなこと言わないで!ただ私は昔の洋太に戻ったみたいで嬉しいの」

「ふうん。まあ、元気そうだからいいけどね」


 ☆


「悠衣子ちゃん、一緒に帰ろ」


 最後の授業が終わり、片づけをしていたら、洋太が悠衣子を迎えにきた。こんなことは何年ぶりだろうと、感動の涙を流しそうになる。

 それをどうにか抑えて、悠衣子は帰りの準備を最短で終わらせ、洋太のところへ走った。


「悠衣子ちゃん、嬉しそうだね」

「うん。嬉しいよ。洋太と一緒に帰るのなんて何年ぶりかな」

「そ、そうなんだ」


 洋太は悠衣子の少し照れたような笑顔を横目に、厳しい表情を見せる。


「どうしたの?」


 それに気が付いた悠衣子は尋ねる。


「なんでもない。これからはいつも一緒に帰ろうね」

「うん」


 悠衣子はその言葉がただ嬉しくて、頷いた。


 それから、洋太と悠衣子は朝晩帰りも一緒、たまに悠衣子の家でご飯食べることもあった。

 

「洋太。これ、食べないの?」

「うん。ちょっと苦手」

「そうなの?前は好きだったのに。だったら、私が食べるよ」


 記憶喪失にもなるのと、好みも変わるのかと悠衣子は素直に思って、今の洋太の嫌いな茄子の味噌煮を代わりに食べる。


「ごめんね」

「ううん。私は大好きだから」

「ごめんなさい」

「洋太くん。謝らないでもいいのよ」


 悠衣子の母親が泣きそうな洋太に驚いて声をかける。

 洋太の好みは、記憶を失って変わったようだった。記憶も戻る様子がない。けれども授業などは問題なく受けていて、心配する声は上がらなかった。

 ただ、悠衣子は少しずつ違和感を覚えるようになっていた。

 あまりにも優しすぎるのだ。

 悠衣子の機嫌を取ろうとしているようなくらいで。

 洋太と悠衣子は対等だ。

 しかし、今の洋太は悠衣子のことを一番に考え、自分の用事などでどうでもいいようだった。

 文芸部所属の彼は、よく部員と映画を見に行っていた。

 しかし、記憶を失ってからの彼は土日に悠衣子の家に遊びにくる。

 彼女は嬉しいのだが、彼女だって部活活動がある時もあり、友達との付き合いもある。だから毎週家にいるわけではなかった。

 用事があると聞くと、洋太は悲しそうな顔になった。

 だから罪悪感を覚えて、元の約束をキャンセルしたこともある。それを知って、洋太が酷く狼狽して、謝られた。

 

「洋太が冷たいのよね。もっとたくさん会話してたんだけど。記憶がないから、仕方ないけど、悲しいわ」


 家に遊びにきていた洋太の母親がぼろっと本音をこぼし、慌てていたのを悠衣子は聞いた。彼女はもちろん聞いていない振りをした。

 記憶のない洋太はとても可愛い。

 悠衣子のことが好きだと、全身から好意を感じる。

 それはとても嬉しい。

 洋太の昔の話をして、悲しい顔をされ、謝ったこともある。記憶を失っているから覚えているわけないのに。

 

 ☆


「それって、ちょっとおかしいと思わない?」


 色々煮詰まってしまい、悠衣子は桃花に相談した。 

 話を聞き終わった彼女はそう聞き返す。


「自分の過去の話でしょ?嬉しそうにして、続き教えてって言わない?普通」

 

 桃花にそう言われて、悠衣子は違和感の正体に気が付く。


「……オカルト脳って言われそうだけど、洋太くん、憑依されてるんじゃない?」

「憑依?!」


 そう声を出して、悠衣子は慌てて口を押える。

 二人がいるのはトイレだった。

 教室や他の場所なら、洋太に聞かれる恐れがあると、桃花をトイレに誘ったのだ。


「洋太くんの中身、きっと違う人の魂が入ってると思う。記憶がないからって好みとか変わるのおかしいよ」


 桃花に指摘され、悠衣子は自身が流していた違和感を一斉に思い出す。好み、友達付き合い、話し方、性格、どれも同じ人物だとは思えないほどの変わりようだった。


「悠衣子。一緒に確かめてみよう。もし幽霊とかがとりついているなら怖いから、塩もっていく」

「幽霊……」


 その可能性もあるのかと改めて悠衣子は怖くなってしまった。


「大丈夫。その中の人は悠衣子を傷つけたりしないよ。私、それだけは確信できる。まあ、私のことは構わないかもしれないけど」

「桃花!それなら、私一人で確かめるから」

「ううん。私も一緒に。もしもの時は守ってね」

「うん、わかった!任せて!」


 友人の有難さをしみじみと感じながら、同時に思うのは洋太のことだ。記憶を失ってからの洋太はとても優しい。好かれているのを感じる。だけど、彼は洋太ではないかもしれない。本当の洋太はどこにいるんだろうか。

 ずっと洋太だと思い込んで、偽物とも思わなかった自分が悠衣子は嫌になった。


「……まあ、本当に記憶を失っただけの可能性もなきはないのよね」

「え?」

「確かめようよ。もやもやしているでしょ?同一人物だとわかったら、きっとそのもやもやも消えるよ。まあ、違う人物だったから怖いけどね」


 桃花が引きつった笑いを浮かべ、悠衣子も同じような笑みを返す。

 そうして、二人はトイレを出て、調理室で塩を入手してから、洋太と対面する。


「どうしたの?学校の裏庭なんて」


 洋太は連れてこられた場所で、心底訳がわからないという表情を見せる。

 それはとても可愛い。

 萌えそうになる自身を堪え、悠衣子は彼を見つめる。


「洋太。正直に話して。あなた本当に洋太なの?もしかして別人?」

「……バレちゃった?」


 洋太は笑いながらすぐに答える。

 あまりにもあっさりした返事で、悠衣子と桃花のほうが驚いたくらいだ。


「本当の洋太はどこにいるの?」


 悠衣子はショックから立ち直り、そう聞き返す。


「僕の中、ここにいるよ」


 洋太は頭を指でつつきながら答える。


「話したい?」

「話させてくれるの?」

「うん。いいよ。洋太くん」


 洋太が目を閉じて、再び目を開く。

 一風何も変わった様子はない。


「悠衣子。いままでごめん」

「洋太!」


 声は同じ、だけど響きが違うと悠衣子は涙が出そうになる。

 このことに気が付かなかった自分が本当に嫌になった。


「俺は全然優しくできなかった。だけど、俊介は違っただろ。俺、俊介に体を譲ることにしたんだよ。その方がお前も嬉しいだろう?」

「そ、そんなわけないじゃない!」

「……俺、全部見ていたら知ってるよ。本当に、お前嬉しそうだった。俺をいるときは悲しそうだったもん」

「違う、それは違う!」

「違わない。俊介はいい奴だよ。これは乗っ取りとかじゃないから。いや、最初はいきなりだったけど、見ていたら、俺よりも俊介の方がいいって思ったんだ。お前、だって嬉しそうだったから」

「違う、違うから!」


 悠衣子は首を横に振る。

 涙がいつの間にか溢れ出ていて、横で黙っていた桃花はハンカチを差し出す。


「私が悲しそうだったのは、洋太が一緒にいてくれなかったから。言い方とかも冷たかったから。昔と違って」

「違わねーじゃねーか。だから、お前は俊介と一緒にいたほうがいいって。俺は優しくできないから」

「何それ!なんであんた、優しくできないの?悠衣子のことが嫌いなの?」


 それまで黙っていた桃花は、悠衣子の前に出て掴みかかろうとする勢いで洋太に迫る。


「そんなことない!俺は悠衣子のことが好きだ!」


 そう言って、自分の発言に気が付いて、洋太は顔を真っ赤にする。もちろん、聞かされた悠衣子の頬も赤い。


「だったら、なんで、悠衣子に冷たくしたの?」

「素直になれなかったんだよ!悠衣子を前にしたら何も言えなくて、一緒にいたら胸がどきどきして顔真っ赤になりそうになるし。そんな俺を見せたくなかったんだよ」

「ふん、かっこ悪い」

「何とでも言え!」

「洋太。それ本当?」

「本当だよ!前の俺は最低だった。だから、俊介がいいだろう」

「違う。私は洋太がいい。俊介くんは優しいし、私のこと好いてくれてるのわかるけど、洋太じゃないって今わかるもん」

「……だけど、お前喜んでいたじゃん」

「それは洋太だと、洋太がしてくれたって思ったから!」


 悠衣子が言い返して、洋太が照れて顔を背ける。


『もういいよ』


 そんな声がどこからか聞こえて、洋太の体が光った。そして中から人型の光で出てくる。


「ゆ、幽霊!やっぱり幽霊だった!」


 最初に叫んだのは桃花だ。


『洋太くん。ありがとう。僕はもう満足だよ』


 それを無視して人型は話す。口がないので、話している状態かわからないが、声が光の中から聞こえた。


『悠衣子ちゃん。一緒にいてくれてありがとう。僕嬉しかったよ。ばいばい。僕の初恋の人!』


 悠衣子が反応する前に光ははじけて消えてしまった。


「え?成仏したってこと?え?」


 桃花は光の欠片を追おうと周りをぐるりと見渡す。

 そんな中、洋太と悠衣子は二人の世界だ。


「悠衣子。俊介のことちゃんと説明するよ。あと、俺、頑張る。俊介みたいになって、悠衣子の笑顔をたくさんみたい」

「洋太は、洋太だよ」

「え、これで解決。なに?幽霊だったよね?」


 二人の世界が形成されつつある隣で、桃花はまだ光の残照を追っている。


 俊介は最近病死した少年だった。

 元気な頃に一度悠衣子に助けてもらっている。電車賃が足りなくて困っているところ、小銭を貸してくれたらしい。

 返そうとしている時に倒れ、そのまま病院生活。

 悠衣子のことを想っているうちに、恋心が生まれ、死ぬ寸前に一度だけ会いたいと願ったら、洋太の中に入ってしまったということだ。

 

 そのことを聞かれされ、悠衣子は彼のことを思い出した。一度だけなので、おぼろげで、それがとても申し訳なかった。


「……俊介はいい奴だったな」

「うん」

「……やっぱり代わったほうがよかったかも?」

「そんなことない。だけど、俊介くんのお墓詣りに行きたい」

「うん。そうだな」


 事情を知っている桃花も連れ、三人は俊介の墓参りに行った。 

 大きな白百合が供えられた立派な墓石、それが俊介のお墓だった。代々の先祖が葬られているお墓らしく、墓石の本体の周りを巻石があり、砂利石が敷き詰められた場所だった。

 事前に俊介の実家には連絡した。悠衣子のことを俊介から聞かされていた母親は、悠衣子たちの訪問に大粒の涙を流して喜んだ。

 本当は元気なうちに来て欲しかった、そんなことを言われる覚悟もしていた悠衣子は安堵するしかなかった。

 黄色の菊を供え、線香をあげる。

 ごめんなさいと心の中で謝った悠衣子の頬を優しい風が撫でる。

 目を開けて、隣の洋太を見ると頷いていた。

 同じ思いを抱えているのがすぐにわかった。


「行こう」


 桃花に声をかけられ、二人は頷く。

 

 数年後、悠衣子と洋太は結婚し、子供を授かる。二人は迷わずその子に俊介と名付けた。男か女が判断付かないうちに二人が名前を決めるものだから、両方の両親が驚いていた。

 九か月後、無事に男の子を出産。

 二人は大切にその子を育て、俊介の亡くなった年齢を追い越した時、涙を流して喜んだ。

 「俊介」は事情は聞かされておらず、不思議な顔で両親を見るしかなかった。

 二十歳を越え、彼は事情を聞かされ、名をいただいた俊介の墓参りをする。

 その両親にも会って、懐かしい気持ちを覚える。


「僕は、やっぱり生まれ変わりなんだな」


 そう自然に思え、定期的に俊介の両親のことも訪ねることになった。


俊介の闘病生活は辛く苦しく、初恋を胸に彼は戦い続けた。

 最後に大好きな人にもう一度会いたいと願った少年。

 その願いは叶い、初恋は不思議な形で実を結んだ。

 

(終)


 

 

 

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