【第7話(全10回)】ハッキリ見えているのは何故
「メグモ!」
柔曽は、転びそうになりながら、玄関口まで走って、ドアをあけた。
――ドアのすぐ外に、メグモが立っていた。いつもと同じ、白いワンピースを着て。
「あ、会いたかったッ!」
叫んだ柔曽は、早くも泣き声になっていた。
二人、向かい合って立つ。
「私も! ただいま、柔曽。心配かけて、ごめんなさい」
と、メグモは、申しわけなさそうに、まゆ毛の端を下げて、ほほ笑む。
澄んだ声も、整った顔つきも、すらりとした体型も、今まで通りだ。
……もっとも、幾つか、違和感もあった。
まず、立体映像のメグモは、この家のサーバーの支配下にあったため、家の外へは出られなかったこと。つまり、庭に立てるわけがないのだ。
第二に、立体映像にしては、今のメグモは、やけにハッキリと見えていること。
そもそも、雨の水滴が、頭や肩に、跳ね返っているのがおかしい。ワンピースも、雨に濡れているようだ。
映像なのだから、雨はメグモの体をすり抜けるはずなのに。
(そんな馬鹿な。なぜ濡れる? 目の錯覚か?)
メグモが、二、三歩、こちらへ寄って来る。
しかし。
玄関の、ひさしに入った直後、不意にメグモはよろけて、
「キャッ」
悲鳴をあげ、柔曽の方へ倒れ込んでくる。
「うわっ!」
思わず、両腕を広げる柔曽。
続いて、
「ぐギャあッ!」
驚いて、柔曽が絶叫した。心臓が止まりそうになる。
(――何ィ? ま、まさか、こんなことが! あり得ん!)
何と、柔曽の両手が、メグモの体に触れたのだ。
……ワンピースの、やわらかな布の手触り。肩の骨や筋肉。全身の重み。
メグモの結んだ長髪も、パサリと横に跳ねて、柔曽の首に当たる。雨に濡れ、少し硬く、重くなっていたが、まさしく、女性の髪の毛であった。
(なんで、メグモが実体化してるんだ?)
柔曽は激しく動揺したが、今は、メグモを転ばせない方が優先だ。
初老の柔曽は、腕力も衰えている。だが、何とか、メグモの体を支えることは出来た。
柔曽の腕の中で、メグモはぐったりともたれかかり、ドアの外の地面に、膝をつく。
それに合わせ、柔曽も腰を落とす。
メグモは、柔曽を見つめ、消え入りそうな小声で、
「柔……曽……」
すぐに、目を閉じて、動かなくなる。
柔曽は、必死で呼びかける。
「メグモ! おい、しっかりしろ!」
けれど、もはやメグモは、ぴくりとも動くことはなかった。