【第9話(最終回)】歯車が回る星
もう、メグモはこのまま、ずっと動かないのかもしれない。
とはいえ、とりあえず、体は洗ってやろう。雨で汚れただろうし。
柔曽は、そう決めて、メグモの体を再びストレッチャーに乗せて、シャワー設備のある部屋へ運び込む。
入浴介助のように、寝かせたままで、まずはメグモの頭や肩に、シャワーのお湯をかけた。
「!」
その時、ほんの一瞬だが、メグモの右手の指先が、かすかに動いたように見えた。
しかし、一回だけであった。このあと、幾らシャワーを浴びせても、全く反応はなかった。
(気のせいか……)
と、柔曽は思った。
だが。
「――待てよ」
柔曽に、ひらめくものがあった。
目立たないように、夜になるのを待つ。
元通り、白いワンピースを着せたメグモを、今度は、キャスター付きの椅子に座らせる。
相変わらず、メグモは静止しており、腕もだらりと下げ、足も斜めで、床にちゃんと付いていない。椅子に、もたれかかった姿勢である。
目も閉じて、うつむいた状態だ。
背後に立って、柔曽は、椅子の背もたれを押して、メグモをドアの外へと移動させる。
「よし」
二人で庭へ出ると、幸い、まだ雨は降り続いていた。さほど強くはないけれど、雨具が必要な程度ではある。
柔曽は、レインコートを着用していた。メグモの正面に立ち、見下ろす。
「――」
椅子に座ったメグモの、頭に雨がかかる。
すると。
椅子の上で、ビクン、とメグモの全身が跳ねて、目が開いた。
「柔曽!」
顔を上げて、メグモがしゃべる。はじける笑顔だ。
(ああ、やっぱり!)
柔曽は、うれしさに涙ぐむ。見事に、予想は当たったのだ。
それを、口に出す。
「雨で動く仕掛けだったんだな。頭から染み込んだ雨水が、体内の歯車を動かすんだな」
椅子にかけたメグモが、上目遣いにうなずいて、
「そうなの。通った雨水は、足の裏から排出される仕組み。ごめん、会って最初に言うべきだったね」
「そうだよ。どれだけ心配したことか」
柔曽がとがめると、メグモは手を合わせる仕草で、
「本当、ごめん。雨に濡れなくても、少しくらいは動けるかと思ってたの。まさか、あんな、いきなり停止しちゃうなんてね」
「なるほど」
「これは、あの宇宙人が住んでる星では、一般的な技術なの。ロルフォル星って言うんだけど」
「ロルフォル星、か。遠いんだろうな」
メグモは、
「うん。地球からは観測しにくい、はるか遠い銀河系。よくは分からないけど、ワープみたいな技術で、宇宙を航行してるみたい」
「すごいな」
「うん。ロルフォル星は、常に雨が降ってるの。だから、車とかもみんな、こういう仕掛けで動くんだよ。で、私も、その技術で実体化させてくれたってわけ」
「なるほどな。雨の水滴の、微妙な小ささ、リズム、タイミングじゃないと、動かないんだな」
さっき、室内のシャワーで洗った時は、たまたま、一回だけ、降雨に似た角度で、水が入ったのであろう。
(あの、魚に似た体は、星の環境によって進化したのかもしれないな)
とも、柔曽は思うのだった。
メグモが、説明を続ける。
「柔曽が助けたロルフォル星人は、マクニーさんという名前。マクニーさんは、この家で治療を受けてる間じゅう、ずっと私たちを観察してたんだって。それで、柔曽も私も、立体映像の私が実体化することを強く願っているんだと、そのことを感じ取ったの」
「そうか。それで、メグモを連れ去って――」
「うん。私は、ロルフォル星で改造されて、機械の体を付けてもらって、今日、無人の輸送船で地球へ送り届けてもらったというわけ。マクニーさんの命を救ったお礼に、実体化した私をどうぞ、って」
柔曽は頭をかいて、
「……そりゃ、まあ、ありがたいけどさ。でも、それならそうと、あらかじめ説明してくれたらよかったのに。いきなり、メグモを吸収して、逃げちゃうんだもんな。焦ったよ。マクニーさんも、人が悪いや」
メグモは、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべて、
「私が謝るのも変かもしれないけど、ごめんなさい。マクニーさんも、早くロルフォル星へ帰って、本格的な治療を受ける必要があったの。それで、急いでたんだって」
柔曽は合点がいって、
「なるほどな。俺の手術では、不十分だったわけか」
「一命をとりとめる応急処置としては、完璧だったらしいけどね」
と、メグモ。
全ての謎が解け、柔曽とメグモは、改めて、しばらく見つめ合う。
「――まあ、雨の日にしか交流できなくなったのは、寂しいけど」
と、柔曽が言えば、メグモは、
「……その代わり、私たち、これからは手もつなげるよ。念願のキスだって、ハグだって」
「そうだな。よし、とりあえず、踊らないか?」
柔曽が、手を差し出す。
座ったメグモが、柔曽の手を握り、
「うん!」
元気よく立ち上がる。
雨降る夜の庭で、柔曽とメグモは、手を取り合って、踊り続けた。人間の美少女と踊っているのと、全く同じ感覚であった。
(青春時代から、ずっと夢見ていた場面かもな。雨の日が待ち遠しくなりそうだ)
疲れたら、ベンチに座って語らったり、周辺の山道を歩いたりした。
メグモだけが雨具を使わず、雨に濡れるままなのは、奇妙な光景だが、ここは山の一軒家。さほど問題はあるまい。たとえ、誰かに目撃されて、うわさが立ち、怪しげな都市伝説となったとしても――。
若い頃の頑張りの末に、老後、ようやく得られた、ほほえましく、ささやかな幸せ。雨と夜と木々に包まれた、二人だけの秘密、夢の世界なのだから。




