表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

【第9話(最終回)】歯車が回る星

 もう、メグモはこのまま、ずっと動かないのかもしれない。

 とはいえ、とりあえず、体は洗ってやろう。雨で汚れただろうし。

 柔曽じゅうぞは、そう決めて、メグモの体を再びストレッチャーに乗せて、シャワー設備のある部屋へ運び込む。

 入浴介助のように、寝かせたままで、まずはメグモの頭や肩に、シャワーのお湯をかけた。

「!」

 その時、ほんの一瞬だが、メグモの右手の指先が、かすかに動いたように見えた。

 しかし、一回だけであった。このあと、幾らシャワーを浴びせても、全く反応はなかった。

(気のせいか……)

 と、柔曽は思った。

 だが。

「――待てよ」

 柔曽に、ひらめくものがあった。


 目立たないように、夜になるのを待つ。

 元通り、白いワンピースを着せたメグモを、今度は、キャスター付きの椅子に座らせる。

 相変わらず、メグモは静止しており、腕もだらりと下げ、足も斜めで、床にちゃんと付いていない。椅子に、もたれかかった姿勢である。

 目も閉じて、うつむいた状態だ。


 背後に立って、柔曽は、椅子の背もたれを押して、メグモをドアの外へと移動させる。

「よし」

 二人で庭へ出ると、幸い、まだ雨は降り続いていた。さほど強くはないけれど、雨具が必要な程度ではある。

 柔曽は、レインコートを着用していた。メグモの正面に立ち、見下ろす。

「――」

 椅子に座ったメグモの、頭に雨がかかる。

 すると。

 椅子の上で、ビクン、とメグモの全身が跳ねて、目が開いた。

「柔曽!」

 顔を上げて、メグモがしゃべる。はじける笑顔だ。

(ああ、やっぱり!)

 柔曽は、うれしさに涙ぐむ。見事に、予想は当たったのだ。

 それを、口に出す。

「雨で動く仕掛けだったんだな。頭から染み込んだ雨水が、体内の歯車を動かすんだな」


 椅子にかけたメグモが、上目遣いにうなずいて、

「そうなの。通った雨水は、足の裏から排出される仕組み。ごめん、会って最初に言うべきだったね」

「そうだよ。どれだけ心配したことか」

 柔曽がとがめると、メグモは手を合わせる仕草で、

「本当、ごめん。雨に濡れなくても、少しくらいは動けるかと思ってたの。まさか、あんな、いきなり停止しちゃうなんてね」

「なるほど」

「これは、あの宇宙人が住んでる星では、一般的な技術なの。ロルフォルせいって言うんだけど」

「ロルフォル星、か。遠いんだろうな」

 メグモは、

「うん。地球からは観測しにくい、はるか遠い銀河系。よくは分からないけど、ワープみたいな技術で、宇宙を航行してるみたい」

「すごいな」

「うん。ロルフォル星は、常に雨が降ってるの。だから、車とかもみんな、こういう仕掛けで動くんだよ。で、私も、その技術で実体化させてくれたってわけ」

「なるほどな。雨の水滴の、微妙な小ささ、リズム、タイミングじゃないと、動かないんだな」

 さっき、室内のシャワーで洗った時は、たまたま、一回だけ、降雨に似た角度で、水が入ったのであろう。

(あの、魚に似た体は、星の環境によって進化したのかもしれないな)

 とも、柔曽は思うのだった。


 メグモが、説明を続ける。

「柔曽が助けたロルフォル星人は、マクニーさんという名前。マクニーさんは、この家で治療を受けてる間じゅう、ずっと私たちを観察してたんだって。それで、柔曽も私も、立体映像の私が実体化することを強く願っているんだと、そのことを感じ取ったの」

「そうか。それで、メグモを連れ去って――」

「うん。私は、ロルフォル星で改造されて、機械の体を付けてもらって、今日、無人の輸送船で地球へ送り届けてもらったというわけ。マクニーさんの命を救ったお礼に、実体化した私をどうぞ、って」

 柔曽は頭をかいて、

「……そりゃ、まあ、ありがたいけどさ。でも、それならそうと、あらかじめ説明してくれたらよかったのに。いきなり、メグモを吸収して、逃げちゃうんだもんな。焦ったよ。マクニーさんも、人が悪いや」

 メグモは、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべて、

「私が謝るのも変かもしれないけど、ごめんなさい。マクニーさんも、早くロルフォル星へ帰って、本格的な治療を受ける必要があったの。それで、急いでたんだって」

 柔曽は合点がいって、

「なるほどな。俺の手術では、不十分だったわけか」

「一命をとりとめる応急処置としては、完璧だったらしいけどね」

 と、メグモ。


 全ての謎が解け、柔曽とメグモは、改めて、しばらく見つめ合う。

「――まあ、雨の日にしか交流できなくなったのは、寂しいけど」

 と、柔曽が言えば、メグモは、

「……その代わり、私たち、これからは手もつなげるよ。念願のキスだって、ハグだって」

「そうだな。よし、とりあえず、踊らないか?」

 柔曽が、手を差し出す。

 座ったメグモが、柔曽の手を握り、

「うん!」

 元気よく立ち上がる。


 雨降る夜の庭で、柔曽とメグモは、手を取り合って、踊り続けた。人間の美少女と踊っているのと、全く同じ感覚であった。

(青春時代から、ずっと夢見ていた場面かもな。雨の日が待ち遠しくなりそうだ)

 疲れたら、ベンチに座って語らったり、周辺の山道を歩いたりした。


 メグモだけが雨具を使わず、雨に濡れるままなのは、奇妙な光景だが、ここは山の一軒家。さほど問題はあるまい。たとえ、誰かに目撃されて、うわさが立ち、怪しげな都市伝説となったとしても――。

 若い頃の頑張りの末に、老後、ようやく得られた、ほほえましく、ささやかな幸せ。雨と夜と木々に包まれた、二人だけの秘密、夢の世界なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ